シルク・ディグリーズ

ボズ・スキャッグス76年の大ヒットアルバム。現在聴取中。
AOR」だなんてもう今はむかしのことば。「産業ロック」とはいっても「産業ソウル」または「産業R&B」なんてことばはあらず(事実上はともかく)、第一黒人音楽の場合、商業的であることはなんら恥じ入ることのない、エンターテイメントであるとの大前提がある。というよりも「ロック」ってものが過剰な思い入れとその発露、発見としての機能を果たすものの筈と言う決まりがあったし、また、黒人音楽寄りである場合はそれはすなわち商業的だと、サウンドが柔らかめ、メッセージ性が緩め、じゃあるから、というごく単純な決め付けがあったばかりに。デヴィッド・ボウイが「ヤング・アメリカンズ」を出した当座には売れ線に走ったといった批難もあり。さて、ヒップホップが現在形のロックであるのはすなわち思い入れの部分。「ヒップホップとは」と常に定義づけに躍起になっている、つまりは「ロックとは」の定義づけに同じ。音楽じゃない、別の何かの表象だとしてまず第一に捕えられているから。思いつく順に特に訂正もなく、朝、なんとなしさびしい気持ちで、ただただ綴っているので整合性、文意の整え、等はとりあえず閑却中。この項、「産業ロック」に関してではなく、それはたまたまの単語、第一その手のものは音楽としては「ロック」であって、ここでの話題は「AOR」と呼ばれたもの、ソウル寄りの白人音楽の話。どちらかといえば。
70年代、「ニュー・ソウル」運動までは黒人音楽は相変らずシングル中心であり、レーベル中心であり、それに反し、コンセプト・アルバム、そしてまたレーベルではなく、一個のミュージシャン、がもう既に60年代半ばからあたりまえになっていたロックとは事情が違ったこと。
76年〜77年。
サタデー・ナイト・フィーヴァー、ホテル・カリフォルニア、シルク・ディグリーズ、セックス・ピストルズ、パンクとレゲエ、レゲエのメジャー化、「ダブ」というものの世間への御目見え、ローリング・ストーンズ「ミス・ユー」の12inch、フリート・ウッドマック「噂」、「ロックは死んだ」、ロックの終焉、グルーヴ・ミュージックの優位の始まり。すなわちディスコとはなにか、ということ。