ハイスクール1968

表紙が佐々木マキって、あんた村上春樹か、と呟いた者はおれだけじゃアルマイト洗面器。
そんでその表紙に「Radical Histery Tour」とあるが、「Hystery」の間違いじゃなかろうかとも
思う一方、「history」に引っ掛けてあるのかも知れず、それよりなにより
「ラジカル・ヒステリー・ツアー」といえばタモリじゃないか。⇒参照
あ。あとがき読んだらその昔(60年代後半)に既に「ガロ」に発表したものから選ばれたコマらしい。
つまりはタモリは後出しだった。タモリタモリ
寺山修司タモリの物真似の方が先だ。おれには。
というかそれがすべて。愛こそはすべて。
高校全共闘、バリケード封鎖なんて云うと、果たしてその頃あたまのわるい学校じゃ
一体どうなっていたのかといつも気になる。よっぽどワルいとこはともかくも、
中途半端な学校とかさあ。マネごとくらいはしたのかなあ。長髪OKにしろ、とかなんとか。
田舎だとどうなんだろうなぁ。浮くしなあ。そんな運動みたいな事なんかしたって。
都会はなにかにつけ特殊だよ。東京は特にね。
それに70年代初頭の映画で高校生というと大概ズベ公とワル、あとはなんかナンパな連中が出てくるシキタリ。
監督は東大出てたりすんのにな。鈴木則文とかさ。
おれは確か69年の4月に小学校に入学だ。(おれは当時保谷に住んでた)
憶えているのは「ブルーライトヨコハマ」と大阪万博