いろいろ

いろいろ思いつくことはあるけれど、面倒で書く気にもうひとつなれない。
でも書いてしまわないと気持ちわるい。あとなんか勿体ない。
もったいないオバケといってしまわないと気持ちわるい。
エクスプロイテーション」というと必ずギャング・オブ・フォーの1stアルバムの真っ赤なジャケットが思い浮かんでしまう。
そこには右の方にインディアンと白人が握手してるシルエットがあって、
"The Indian smiles, he thinks that the cowboy is his friend."
"The cowboy smiles, he is glad the Indian is fooled."
"Now he can exploit him."
と書いてあるのだ。
そんなわけで「blue」の感想に絡めていろいろ書きたかった。
小西真奈美が出てることを除けばいい映画じゃなかったが、どこがどうとか細かく文句つけてみたかったのです。
最後の方で小西真奈美と市川美日子がふたりでアテもなく歩いていたりするが、ふたりとも手ぶらなのだ。
なんだそれ?!実際にどうとかってのもあるが、女の子は野郎と違って手ぶらじゃ歩かないとかさ、
そんなことよりなにより、手になにか持たせろ。肩にリュックでもしょわせろ。
あとキャメラが人物に先んじて待ち構えてるのがおれは嫌いだ。
「blue」にも一箇所それで気になったシーンがあった。
あとキレイに気取ってる割にずさんなところがいくつかあって、それが気に障った。
テーブルにコップ置く時に不快なでかい音がするんだぜ。なんだあれ?!
そういう繊細さに欠ける事は他にもあったが、今は忘れた。
いや、気になり始めたらずさんなとこがいくつもあって、そもそもキャメラをフィックスにして人物が喋ってるのを
ただそのままに引きで撮るってのは、アダルトビデオの冴えないドラマ部分のやり口と全くいっしょだ。
それってさ、ちゃんとカット割って編集すんのが面倒なだけだろ。
どうしていいのかわかんないから、無難に済ませてるだけじゃん。
カッコつけてるようで、実は無意識に手抜きを選択しているだけ。
あとスチルとムーヴィーは違う。平面的でキレイな画を幾ら並べても映画にはならない。
人物への愛情・理解、ストーリーを語ることへの情熱に、ああいう撮り方をするってことは、根本的に欠けてるんじゃないか?
映画ってのは本来的におセンチなものだ。
なのにその「センチ」、つまりは「情動」「エモーション(感動)」が欠けてるんじゃ全くの無意味じゃないか。
クールな作りがイケナイってんじゃない。
そもそも映画が撮りたいわけでもないのに、映画なんか撮らなきゃいいじゃないか。
小西真奈美、市川美日子、ふたりのやりとりはまるで男の子同士のそれのようだった。
どこがどうってのは上手くいえないけれど。
おれはもっとガーリーなもんが観たかったのにぃ。
ああほんとは「藍色夏恋」や「ほえる犬は噛まない」のことも絡めて書きたかったし、
まだまだ書きたいこともあるし、直したいとこもあるが、だるいので打ち止め。
「blue」の市川美日子はただ、ふかわりょうに似てるだけで「すいか」の彼女の溌剌とした魅力を思い出すばかりだった。