ニューヨーク・グッゲンハイム美術館展

画家の名前に「昭和」をつけてみる。
○ 昭和ポロック
 (TVでは見る事の出来ない、ぜんぜん売れてないから、色物芸人。)
○ 昭和カンディンスキー
 ♪貧しさに負けた/いいえ、世間に負けたぁ/この街も追われたぁ/いっそきれいに死のうか〜
○ 昭和ピカソ
 上野のお山にいるホームレス。
○ 昭和ウォーホール
 ニセモノ。永谷園のお茶漬け海苔の袋のシルクスクリーンが持ち芸。
照明がなあ、ちょっとわるかった。ヒカリがハネる。見てる人間が映っちゃう。
見始めはなんかぜんぜんピンと来なくて、どれ見てもなんにも感じなくて、ああ困ったどうしようと
思ってたんだが、時間が経つうちにメートルが上がって来て、鑑賞モードに突入。
頭の中で音楽が鳴り始め、ノリノリに。よかったぁ。ふぅ。
キャンバスって四角いんだね、って今回初めて気づく。考えてみりゃおかしなことだ。
でもそうして範囲を限定しないとどうにもならない。
人間の視覚はもっと漠然と広いもんね。それをまんま再現、てわけにも行かないし、そうする必要もない。
とはいえキャンバスが四角、いやさ、浮世絵でもなんでも大概四角、技術的な要件以外になぜそうなったのかしら。
映画で双眼鏡を覗く時には楕円がふたつ並んだようになるお約束があるが。
とはいえ、この際そんな事言い出すと余計わからない。我ながら。
美術展とかに行くと、このままここに住んじゃいたいって、いっつも思うんだよな。
気に入ったもん、うちに持って帰りたいとも思う。でも買えないし、飾れない。
日本の住宅事情はたかが知れてるんだ。大体。
ともかくも、時間限定で通りすがりってんじゃ、まどろっこしくもある。
そのまんまで、その館内で起居し、メシを食い、ネットなんかして、布団敷いて寝たり、オナニーしたり、
セックスしてみたり、TV見たり、大声で歌ったり踊ったり、
ともだち呼んでうだうだ過ごしてみたり、洗濯物干したり、新聞の勧誘断ったり、
風呂上りにハダカでうろついてみたり、でかい音で音楽流したり、
なんかそんな風にして、それぞれの作品と長くつきあってみたい、とか思うんだが、
しょうがない、ポストカード買って家(うち)に帰るがせいぜい。そして件のものは便所のドアに貼る。