映画鑑賞

小川知子主演「別れの詩」を観た。原作は「されどわれらが日々」。
こういう話だったんだ。読んだことない。ただきっとアレンジはしてあるのだろう。
原作は60年安保のあれだが、この映画は71年。女性は全員ミニスカ。そしてなぜか唐突に
小川知子と婚約者の山口崇の2人が映画の終わり近く小松左京の「復活の日」の話を始める。
(「復活の日」、発表が64年で「されど〜」と同じ年だ。原作でもそうなのかなぁ。)
この映画、何度か好き合う者同士で抱き合う場面があるのだが、まずふたりが見つめあう、
あるいはなんでもない風に振舞う。そして突然ふたりガバとばかりに抱き合うのだ。
見てて恥ずかしい。愛し合う情熱を表現したかったわけだよ、きっと。
でもそのあまりのぎこちなさに頬が赤らむ。あと結構ベッドシーン(但し乳首は見えない)
があって、当時としてはそうやってセックスを盛込むのが流行り、新機軸だったんだろうなあ。
これがまたあんまし上手くない。というか森谷司郎、演出が全体に野暮で、ぎくしゃくしてて、
でもなんかそれが味で観ててわるくない。話の内容もどーでもいいような感じで、
時たま、やたら観念的に「愛とは」みたいなこと言い出したりして、ノレそうにないのに、
なんか観ちゃう。なんだろうなあ、こういうのって。これでまた
「おもしろい、おもしろくない」の区別について思いを馳せてしまう。
そういえばOL役の小川知子がタイピストやってるが、この当時の「タイプ」ってなに?
和文タイプってこと?FAXもコピー機も、電卓さえない時代のデスクワークってちょっと検討がつかない。
あとそうだ、木内みどりが出て来たのにちょっとビックリした。驚くのもヘンだが。
官僚かなんかやってる村井国夫が自分の嫁になる女は絶対処女じゃなきゃいかん、
と指定してたのがおもしろかった。処女じゃないとこれからの出世の妨げになるとか、
そんな理屈。恋愛(含むセックス)の味を知った女は危険とかなんとかな。
でも結局不倫経験ありの女と彼氏、それを知らず、夫婦になる成り行き。
女の方もちゃっかり、あっさり過去と訣別して高級官僚のかみさんに納まるわけだよ。
なんて通俗な展開。ま、どーでもいい。通俗なところが面白味、ウケる要素じゃあるし。
森谷司郎、おれ、結構好きかも知れない。「赤頭巾ちゃん気をつけて」や「兄貴の恋人」とか好きだし。
あと「放課後」、これは見逃せない。栗田ひろみ、ほんと可愛いよ。
ぎくしゃくしてて、時にあざとくて、スマートじゃなくて、観念的で、骨太というと
いい形容になってしまう、そのざっくりした感じが、森谷司郎、好きかも。
あとそれに監督本人の力量ってだけでなく、衰弱しつつもまだ息のあるスタジオシステムの力、
醸し出す魅力ってのもきっとある。画面全体から匂いたってくる、それ。
たとえ演技・演出に疑問のあるシーンで観念的なセリフ喋ってても。