國家は私達から、乙女の夢まで、取上げてしまふのでせうか。

映画鑑賞

「波の塔」「恋する幼虫」を観る。
先日の「山椒大夫」にも津川雅彦が出ていたが、子役で拙い演技を披露、そして「波の塔」では
大人になって人妻の有馬稲子と密通しているのだった。
「波の塔」は松本清張ものだが、これも「風の視線」と同じく、メロドラマだった。
そして「わたしには夫が」とか「夫もあなたもだめにしてしまうわたしは悪い女」とか
絵に描いたようなメロドラマなセリフが出て来るのでその点非常に楽しかった。
キスシーンも多いんだけど、それがまたなんともベタベタで、観てて気恥ずかしいくらい。
有馬稲子の表情とか、ほんともう正にメロドラマのヒロインのそれ。常に悲しげ。
とにかく全編、古臭いメロドラマの典型パターン総出って感じ。
キャメラワークから演技からセリフ、ほぼ全編。中村登って監督が全くにそういう人だったんだろうな。
有馬稲子は殆ど着物姿。最後、樹海に一人分け入って行く時でさえ着物で、
それはちょっと不自由じゃないかと思うが、絵になるからよいのだ。
更に1960年のこの映画、トバされて一種零落した津川雅彦、自宅のアパートの中でさえ、
きちんと髪を撫で付け、スーツ着て、ネクタイをきちんと結んでおります。ワイシャツには
きっとノリが掛かっている。ま、風俗描写といってそういう風になる時代。中々くだけはしない。
金持ちの住んでいるのは洋館風だし、お手伝いいるし。
60年代を通じて劇的に風俗は変化して、
カジュアル化、見た目での階級間格差の失効、等々が進むあまり、ちょうど衰退期の映画界と相俟って、
従来の監督や脚本家、その他スタッフは、例え紋切り型であっても時代を描けなくなり、
野村芳太郎が「ゼロの焦点」(61年)だといいのに「影の車」(70年)はまだしも、「疑惑」(82年)になると
なんとも雑な映画しか撮れなくなってしまうようなことが起きたのだった。(セリフ叫ぶしな。
みんなして。「疑惑」だと。あと一言二言のセリフのあるようなエキストラがヒドイ)
ヒロインが久我美子から桃井かおりになっちゃうんだもの。仕方がない。岩下志麻の変容、
ってのも追いたいところ。
恋する幼虫」はコメンタリー付きのをちょろっと見たら、結構話が面白く、しかし返却日が来てしまい、
またいずれ借りて、一通りはなしを聞きたいです。映画自体はおれは井口昇ファンなので当然よかったです。
新井亜樹はいつ見ても暗いので、私生活とかいつも心配しちゃいます。
(そういえば「ロリータ監禁レズ」の感想を書き損ねたのが悔やみだ。
もう書けない。時間が経っちゃったから。オナニー1回しました。それくらいだ。書けるのは。
堤さやかは可愛いんだけど、小さくてなあ。おれはもっと大きい女の子が好きなんだよ。だからなんだよ。
あとは作品の内容、ドラマとしての魅力とかについて語りたいが、もう間に合わん。)