日記

Don't Think Twice, It's Alright - Bob Dylan
まーくよくよするなったってくよくよするよな。おなじことばかり考える。なんもよくはならない。
おれが初心(うぶ)過ぎるせいもあるし、いちいち気に病みすぎなのもあるけど、30歳過ぎて40歳過ぎて、いまさら知らんかったことのあるのがわかったりするとそのたびにショックで耐え難いのでもうそういうのナシにして欲しい。
きっとみんなにはフツーのことか、そもそも気にもしてない、とかなんだろうなー。けど。みんなにあたりまえのことが、おれにはあたりまえじゃない、なかったからな。まーしょーがない。けど、つらいのでもう堪忍して。
気にしたり考えたり論じたりなんだったりかんだったり。そういうモロモロのことをしても、現時点こうしてことばを並べていることも、べつにそうしたからってなんなんだろう?そっかしあわせになりたいのか。
あらゆることばはおまじない
おまじないに実効性はない。表現に芸術度の高低はあったとしても、実効性のなさは、そしてしあわせになりたいという動機にも、現実逃避ということも、なにもかにも変わらない。世界中の人は死ぬまでことばを繰り出し、そして死ぬ。死んでオシマイ。
もうとっくに死んでる人がいるのになおことばが止まらないのは自分がまだ生きていてしあわせを求めているから。しあわせを得られたらラッキー。おれはラッキーになりたいな。
不幸なうちに人生を終えてしまった人がいるのに、自分はなおちまちまとしたこと気にして、いやらしい欲を叶えたく未だ生きているとはどういうことかわからなくもなるが、宇宙とは言わない、自分の人生をひとつのことばに収束しようなんてのがそも間違い。
どうしたいの、おれ?セツナイなー、なんかなー。まいんち、これ。性格だよ、これって、ただの。
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かもめ食堂」のような映画で会話をフィックス長回しで、切返しで撮ってないのは、選択の結果じゃない、ああいうのは手抜き、っつか、編集がわかんないから、そのまんま映してるだけ。
島田 紳助が監督した「風、スローダウン」はどこでどう演技を切り取っていいかわからないから、芝居を全部撮ってしまっていて、けど「風、」に関してはその素人丸出しがむしろ好ましく、いい映画でもあって、けど「かもめ」は一見上手、それがワナ。
いまこの時代に長回しで撮る、ってのはむしろひどく難しいことの筈で、慎重にあるいは戦略的に選択しての結果であるべきで、マイナー系の映画だから長回し、もうそれいいよ、って感じ。「あーやっちゃった」って見るたび思う、長回し。
会話長回しとかオフビートとかったってさ、例えばヌーヴェル・ヴァーグとかでやってるそれは断然熱いわけだよ。すっげ熱い気持ちでやってる。醒めてるわけじゃない。ぜんぜん。熱気むんむん。それが見てて伝わるからいいのに、なんかただ冷めてる風でどうすんだっつんだよ。伝えたいもんがどうしてもあって、そのためにこそ長回ししたりオフビートしたりしてるんじゃんかよ。単にすかしてるわけでもなきゃ淡々としたいわけでもなんでもねーやな。
そう「フラガール」はちゃんと長回しじゃなく撮ってあり、娯楽映画であるためにストーリーからなにから慎重で戦略的で、その同じ李相日(りさんいる)監督の卒業制作時の「青〜Chong」は全編ロングショット長回しだったり、てのを以上の話に上手く絡めたい所存。
切返して編集して、泣かしてみろよ。それが映画じゃんか。
最近はお涙頂戴の映画ばかりで、見たいな言い方もだいっきらい!映画はお涙頂戴であって、そんな高尚なもんじゃねーや。そもそもが。ゴダール見ろ、っつの。あんなメソメソしてんじゃん。あれが映画だよ。