映画

Coming Down Again/ Rolling Stones
見た映画を思い出してみる。
今日は「赤軍PFLP世界戦争宣言」を見た。さっき見た。途中寝てた。
最後らへんで重信房子が喋ってるが、「主体が客体がどうで」とかその他、いかにもな用語で話してて、幾度か「平べったくいえば」と言ってて、けどその先言ってることが変わらずでぜんぜん平べったくなってなくて、結局なに言ってるかよくわかんなくて、ああいう言い回しマネしてみたいといつでも思う。けど無理。パスティーシュな能力とかないし、あの手の用語言い回しも検討もつかんし。
♪プロレタリアートがどうとかぁ〜 みたいな歌(アラビア語?)が途中聞こえて来るが、それがどことなく一部中近東な節回しになってて、そのへんよかった。
基本的にはあれだよ、その手にありがちな西洋風な曲になってて、でもどっかアラビアン・テイスト。
そんなんとべつにオーケストラの音楽とかついてて、まー革命な感じの勇壮(?)なヤツ、そんなんの方がよっぽど帝国主義な気がするが、まー昔はそんなことはあんま気にしなかったよな。きっと。
クルマでずっと走ってて、その窓外の景色をずっと映してるショットが多用されてて、それ、いいんだよな。映画的。
モノクロでフィルムでアフレコ。それに時代。それだけでなんてことない、ただ現地行ってカメラまわしてるだけじゃん、みたいなあれなのに味があるのが芸術の七不思議。
こういう革命ごっことかってばっかみたいとか思いがちだが、そういうことやってる人たちの方がよっぽど生きてるよなあ。なんか羨ましいと思う。正直。ドラマチックだもん。思い出いっぱいで。充実してる。
まー実際関わってる人にはヒドイ目にあったり、真ん中にいる人でも精神的に追い詰められたりとかいろいろあんだろーけど、なんもせず・できず、怯えて、ロクにともだちもおらず青春もなく、生涯小心に暮らしてる人間からすると、一種羨ましいのもたしか。する後悔よりもしない後悔、的な。
だってさ、小説でもマンガでも映画でもロックでもなんでもかでも、その手の文化物ん中じゃ不良やハミダシ者が大勢の人間と関わって中身濃く生きていて、そういうのにずっと憧れとか、生き方・生きがいみたいのを見出してるはずなのに、ある日振り返ってみると自分にはともだちひとり、エピソードひとつないんだぜ?それに気のついた時の絶望たるや。ある種のポリシー(一種正義感みたいなもの)とある種の性格(小心)が結びつくと、ともだち・仲間・恋人といったものとは縁遠くなってしまい、はじめのうちは孤独を称揚もしてみるが、やがてその空虚さに気づき、くだらないと切り捨てたコトをこそしないと、結局青春もなにもない。生きてない。
生きるってのは人と関わることだ。
フェルメール展 Vermeer and the Delft Style Exhibition
これは行きたい。行く。

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ゴーストワールド【廉価2500円版】 [DVD]

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JUNO/ジュノ」見た。これは昨日見た。at 渋谷。
ゴーストワールド」に一番似てる。
いい感じだったけど、ただおれには。
おれはこういう風な文化系でサブカルなモノ・人だけだといまはもう安心・満足できなくなってしまった。それにいつか気づいた。
自分に欠けてるのは、そして求めているのはなによりもヤンキーな世界のそれで。
文化系は自分で充分事足りる、というか、それでさえ自分ひとりしかおらぬままずっと生きて来て、それがインターネットの御蔭で知己を得ることも出来、それは非常にうれしかったし、救われたけれど、でもそれだけじゃおれには足りなかった。
それまでが余りに空虚な分、その埋め合わせで自分には理解の範疇の文化系でサブカルなもんじゃ、心が満たされないのだった。
若い時分に文化系なともだちや仲間や思い出でもあればまたきっと違ったんだろうけど、それがなかった。ゼロ。
それに元々の性向もあるのだろう、自分とは反対のヤンキーな(と、とりあえず呼称しておく)世界へ触れたくて仕方ないし、大体ビートルズだってべつに優等生じゃなかったし、「さらば青春の光」はイギリスの暴走族の話だ。そういうのに感動してるのに、自分がまるきり小心者の優等生って、なんかヘンな気もする、というか自分にないものを求めるのが人のサガ。
ともだちがいなかった分、ともだちや仲間が大勢いる世界にあこがれる。あこがれてる。恋焦がれてる。
コンスタンティン [UMD]

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コンスタンティン」も見た。
おれはタバコはきらいなんだが、というか思いがちょっとフクザツ、それはいつか書きたい、ただ、世間の嫌煙的なモンや、まして健康にどうのとかみたいな言い回しにはちょいと違和感を感ずる。いや、「ちょいと」じゃない。だいっきらい。ばかばかしい。
おれは「エコ」とか「健康」とかその手の言説聞くといつもイライラする。
地球に厳しく、これがおれのもっぱらのポリシー。
あーえーと、映画。映画はなんかさっぱりときれいに出来すぎてて、よく出来てるのが物足りない、みたいな。
なんか観ててドロッとしたもんが残って欲しいんだよな。気が違ってないっていうかさー。
反タバコなら、もぉそれが見てて気持ちわるくなるくらい反タバコに拘ってるとかさ、なんかそんなサムシングが欲しい、ないものねだり。

「サッドヴァケーション」も見た。
青山真治って技術的にはヘタ(編集とかださい)で、テーマが通俗なんだけど、撮ってるのは、立ち位置は、アート・フィルムで、どっちかっちゃ2時間ドラマ的なサムシングでやってくれると、おれとしてはきっとうれしい。そのだささも生きるし、ヘタなとこもきらいじゃないんだよな。見てるうちに愛着も沸いてくる。
(しかしすごいな。美男美女、そして巨乳の運送屋)