老い

Interview with Grace Slick
現在の彼女の姿にショックを受けてしまうのは、おれが知ってるグレース・スリックは「Somebody To Love」とかそんくらいか、せいぜい「We Build This City」程度で、それがいきなりコレ見て、みたいなのもあるが、おれ自身が自分の老いに対して受け入れが出来てないせいだと思う。
青春もないのに、ゼロなのに、気がついたらいきなり45歳、もうじき46歳、ってのが。
この歳でなんにもしてない、何者にもなってない、仕事には辛うじてついてるが、収入などはまったくに下位だし、貯えもない。いまは彼女もいないし、もちろん結婚もしていない。高校生ぐらいの子どもがいてもフシギじゃないくらいの歳なのに、子どもなんてもちろんいない。といって、結婚しないでいられるナニカがべつにあるわけでもない。あるのはせいぜい不安と後悔ぐらいなもの。そして時間をただ無駄に過ごして来てしまったという感覚。ほんのたまぁにイイコトもなかったじゃないし、現在の生活もそれなりに恵まれている部分もあるとはいえ。やりきれなさ、むなしさがつい、ついてまわりがちで。
老いを受け容れるには準備がない。
それもあってか、先日「アメイジング・ジャーニー」を見ていたときも、ピートやロジャーの歳食った姿にどこかさびしさを、もうすでに終わってしまったといった感覚を受けてしまい、それは彼らがってことではなく、おれがさびしく、すでに終わってしまっている、なにも始まっていない、為していないのにというところで。彼らの老いた姿からおのれの老いる理由もないのに老いてゆくことへの殺伐たる感覚とでもいうのか。
おれはそれでもまだ46歳で、見た目も若いが、けど、どう考えても老後はすぐ明日のことで、自分の両親が現在に至るまでいろいろとあったとはいえ、老後をある意味安寧した日々として過ごしているのを見るにつけ、おれにはそういう老後は訪れようもない、訪れるよすがもないという気も日々してはおり、要するにおれの人生には意味がない。意味を与えてくれる存在がない。誰か意味を与えてくれ。おれはパートナーを得ることは果たして叶うのや?みたくな問いを発する。おれは子どものころの一番の願い、両親が仲良くなることが叶い、しかし、おれには自分の親のような生活、生き方はできない、なんかもっとロマンチックに夢見がちで、けどきっとしあわせって青い鳥のあれで、イマ・ココに満足するつもりがない限り得られないのだ。おれは望みが高すぎる。身の丈を遥かに越えて。