ドストエフスキー

フツウのこと/古内東子

カラマーゾフの兄弟2 (光文社古典新訳文庫)

カラマーゾフの兄弟2 (光文社古典新訳文庫)



カラマーゾフの兄弟」は高校生の時に読んだ。「罪と罰」とかもね。でもおれ、あんまピンと来なかったんだよなー。2つとも。なんかあんまり。ドストエフスキーで読んだのってその2つぐらいだし。しかも。まー、文学青年の定番なわけで、イチオー読んで感心しとかないといけないじゃん?で、素直に読むべくして読んだんだけど、でもだめだったなー。どこがどうってんじゃなくてさ、なんかともかくコナカッタの。じゃー、ねー。でもってそれがずっと心残りで。今読んだらまたちょっと違うんかなー?だといーんだけどなー。でも読書自体いまはまったくしないという。それじゃ、ね。ぷふい。
そんでもってちゃんと読めてないけど、「カラマーゾフの兄弟」といえば「大審問官」ですよ。キリストが黙秘権を終始行使するやつ。で、これは埴谷雄高がよく言及してるんで、いっつも気になってた。「気になってた」って、それだけ、なんだけどさ。なんかあるんだろーねー、みたいな。いわゆるオチはない。でもって、おれ、「死霊」も最初の10ページくらいっか読んだことないという。そこらへんがだからいつももやもやと引っ掛かってる。ドストエフスキーと「死霊」が読めてない、ってのが。
死霊(1) (講談社文芸文庫)

死霊(1) (講談社文芸文庫)


で、さらに「カラマーゾフの兄弟」といえばゾシマ長老の言、「Prayer is an education」ですよ。ロシア語じゃなくて英語で、そんでもってこれは大江健三郎の「洪水はわが魂に及び」で引用されている(それが英語のそれで、おれはそれで憶えてる)重要フレーズ。そして未だにおれはこの「Prayer is an education」てことば自体は憶えてるのに、意味がわかってない。(「祈りは教育である」って?みたいな。要はぜんぜんわかってない)(意味はわかってないけど、なんか調子がいいので時折呟いてみたりしている。好きなフレーズ)
「洪水は〜」はあんまおもしろいと思わなかったしなー。そいで。当時の大江健三郎は読みづらい文体が大爆発してる時期で、それでも「万延元年のフットボール」なんかは読みづらいけれど、でも段々クセんなって来て、そのまわりくどいのが気持ち良くなって来て、みたいなトコがあったんだけど、「洪水は〜」だと読みづらい以上に文章が頭に入って来なくって困った。それもあって余計にピンと来なくなっちゃってたし。話自体もどこか陳腐な感じがしたんだよね。「万延元年のフットボール」に比べると。人工的というか、とってつけたようなというか。

あるときローズウォーターがビリーにおもしろいことをいった。SFではないが、これも本の話である。人生について知るべきことは、すべてフョードル・ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の中にある、と彼はいうのだった。そしてこうつけ加えた、「だけどもう、それだけじゃ足りないんだ


そしておれと「カラマーゾフの兄弟」といえば上記、カート・ヴォネガットスローターハウス5」の一節。
とまあ、「カラマーゾフの兄弟」はだめだったけどさすが世界名作(「世界バレー」とか「世界卓球」のあれで)!なんかあっちこっち言及とかされててこんなわたしもかすったりはしてるんだゎ。と、そいだけ。