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ミルク

David Bowie: Queen Bitch

ミルク [DVD]

ミルク [DVD]


「MILK」観た。よかった。泣いちゃった(泣けるかどうかはおれにとっていい映画かどうかの大きな基準)。
「Queen Bitch」がはじめの方でかかり、それはけれど歌には突入しなかったような気がする。イントロの印象的なギターのリフだけで、そのリフはあまりにいつでも印象的で、なんだかたまに思い出していたりする、おれは。こんなアルバムに入っている、その曲は、クイーン・ビッチ。
Hunky Dory

Hunky Dory


"Hope For Better Tomorrow"
もちろんこの映画の中でも取り返しのつかないことはいくつも起きるし、現実は煮え切らないやりきれないものではあったりはするけれど、でも同時にこういう話を観ているとおれにはとてもとても惹かれる部分があって、それは仲間がいて目的があって役割があってともだちがいてパートナーがいて生きている意味があって自分を促してくれる人がいて変わることができて、なんだかそういうところがすごくすごくいつでも惹かれるんだ。こういう映画を観ると観てると。だからその関係性に泣ける。いいなあって。それが生きていることなんだって。おれには著しく欠けていて欠けているから欠けていがちで、むしろそういうものから弾かれているという感覚がいつもいつも強いから。話し相手がいないから、促してくれる人がいないから。ときたまではなくいつでも関わりの持てる人がいないから。長い長い年月、若い若い時をあまりにひとりで過ごして来てしまったから。だからこういう映画を観てそこで起きていることが悲しいことではあっても、でも仲間や恋人やともだちがいる、そのことに惹かれる感動する。泣いている。車イスの彼はともだちに手伝ってもらいLAだったかフリスコだったか、ミネソタから出てきて、はじめはでもひとりぼっちで、けれど仲間を得る。もうひとりじゃない。家を出る決意を促してくれる人(それはハーヴェイ・ミルク)がいて、家を出るのを手伝ってくれるともだちがいて、田舎から都会へ出て来てもあらたな仲間を得ることができて、なんだかそういうのに泣いてしまう。感動しちゃう。いつでも。そしてそれはまた彼が自分で成し遂げたことでもある。H.ミルクはキッカケで、そもそもミルクに電話したのは彼自身だったんだ。おれはでもそうやって、でも動けなくて、動き方もわからなくて、ごく日常のともだちもいなくて、いまでも臆してばかりで、年をとればなお疲れてしまっていて、けれどH.ミルクは40歳になる手前で別の人生に踏み出す決意をしたし、もちろんそれには促してくれる人との出会いがあり、運命の人には実はいつでも出会えるハズで、自分自身も誰かの運命の人にはなれるハズで。映画と現実は違うけど、現実を映画にちょっとでも近づいてくれるといいなと思うくらいはさせて欲しいし、そういうための装置でもあって映画は、映画はこうして泣かしてくれて、映画観てる間になんかした方がいいけど映画観て泣いてたってべつにいいさ。