國家は私達から、乙女の夢まで、取上げてしまふのでせうか。

冥土の旅の一里塚

今日は休み。
ゆうべは11時くらいには寝て、5時くらいには覚醒して、それから6時半過ぎまではなんとか布団の中で過ごした。どうしても寝ていられない。二度寝が出来ない。

起きて歯磨き、髭剃り済まして、ゆうべの残りの酢豚をチンしてあっためてそれ食って、それだけだと足りないので8枚切りの食パンに溶けるチーズ載っけてトーストして食った。コーヒー飲んでたっけな。そんときは。ゴールドブレンド。
そうだ。ゴミ捨ても行った。今日のはビン缶。
あと飯食い始めてちょっとしてから、そういや洗濯と思い、洗濯機を回し始めた。下着とかタオル類、仕事着や今も着ている部屋着、それら、嵩張るので2回に分けてスピードで。その後、シーツと上掛けのカヴァーも。最近はずっと週に1回はシーツ&上掛けカヴァー洗ってる。こんなことは前はなかった。シーツなんて、半年ぐらいそのままじゃなかったか。今はそれが週1。習慣は変わる。これらも洗濯はスピードで。
ちなみに寝るときはもう枕なしがずっと。いつだっけ?2、3年前?もっと前?よく憶えてないけど、左手に痺れがあって、それで試しに枕外して寝てみたら治ったんだよな。要はストレートネック的なもんじゃないかとは思うんだけど。なんか首あたりの神経かなにか。それ以来ずっと枕なし。

シーツも済むと毛布。毛布は無印良品の薄いやつで、洗濯機で洗える。これだけは「毛布」モードで。それで洗濯機にゴー掛けてから、もう出かける時間なんで家を出る。歯医者。今日は10時からの予約。施術時間、約1.0時間。ここが特にそうなのか、それとも保険診療外だからなのか、毎回、1時間ぐらいは掛けてる。あるいは30分。2週に1回ぐらいの割合で去年の8月から通ってる。一番長いときで2時間コースもあった。今までこんなに丁寧に歯科治療したことはない。今回は今までになく本格的。被せ物もセラミックにしてる。今後、老後に掛けての準備である。

歯医者済ますと一旦家へ帰り、先ほどの洗濯物(毛布も含む)を車へ積込み、コインランドリーへ。24分コースで乾かす。そして帰宅。サッポロ一番みそラーメンと、これまた今朝と同じく酢豚の残りで昼食。メシ食った後はしばらくベッドでだらだら。ちょうど13時になると皮膚科の当日予約。

そして2時半過ぎに家を出て当該皮膚科へ。当日7番。といって、本来的に予約してる人が優先で、おれのはあくまで「当日」予約だ。一通り終わると4時位。そこからショッピングモールまで行き本屋へ。「キネマ旬報」。杉野希妃(すぎのきき)のインタビュー目当て。

そして行ったことない、出る前にグーグルマップ「ケーキ屋」で調べといたケーキ屋へ行き、ケーキを幾つか購入。1個食っただけだが中々美味かった。
そう、今日はおれの誕生日。自分にご褒美、ハッピィ・バースデー。
58歳。
今は日常的にケーキが食えてしまうんで、なんかいいかとは思ったがこれもイベントの一種とは思い、行ったことないケーキ屋でケーキ買った。

自宅方面へ戻り、薬局へ行き、皮膚科関係のクスリを入手。保湿剤と飲み薬。そして帰宅。風呂をざっと洗い、スイッチを押し、今度は近所のスーパーまで。よなよなエールと牛乳、納豆、ヨーグルトなど。最近、飲酒はたまに。今日は誕生日ということでのよなよなエール。今日は旨く飲めた。ビールっても日により、味が違うよね。味が違うというか、美味いと感じる日と、無理に冷たいの、今は特に寒いし、飲み込んでる気しかしない日と。今日は幸いおいしく感じられるフェーズだった。

夕飯は味の素の餃子と納豆とわかめの味噌汁と、おれが昨日買った冷凍のイカフライと、出来合いのもずく酢と。それとよなよなエール。(夕飯はいつも母親が用意)
食事途中で母親が姿を消し、どうしたかと思うとトイレ。そしておなかが痛くてとか云う。ちょっと心配したが、医者はまだやってるし、いつもの内科は近所だし、おれはビール入れてしまい送ってけはせんが、母親が歩いて行ける距離、行くよう促して、病院へ。帰宅までの間、おれはアトロク聞きながらメシを食い終わり片付け、母親が中途な残し方だったが、腹痛(はらいた)では帰宅したとて食うまいと思い、それらも片付け、燃えるゴミがもういっぱいで、まとめて、新しいゴミ袋に替え、それからケーキ(ティラミス)とコーヒーを用意。食ったり写真撮ったりして母親の帰宅を待った。40分ぐらいで、クスリも調達しての帰宅。早いでしょ?病院が近いって、いい。聞くと2、3日前からちょっとおなかの調子がおかしく、今日の昼間も調子悪かったらしい。下痢。医者にも云われたらしいが、今日の昼間のうちにでも行けばよかったのに、なんか様子見をしちまったらしい。まあ、うちの母親は割とすぐに病院行く方で、そこはいいんだが。
で、まあ母親の姿見て安心したんで、おれもダイニングを去り、自室へ。いまはこれ書いてる。TVでYouTubeで「マイ・フェイヴァリット・シングス」(コルトレーンね)を流してる。

今日はそういや、クルマ流してる時、ラジオ(山崎怜奈の「誰かに話したかったこと。」)から斉藤和義の「歩いて帰ろう」が掛かり、ちょっと思い出す事などあり、少しく胸が痛くなった。時は経つ。おれはもう58歳だもんな。

あと、そう、皮膚科行く時、対向車線のクルマが左へハンドル切り過ぎたのか、フロントを縁石(?)か何かにいきなりぶつけ、割とスピード出てた、自損事故を目の前で見てビックリした。運転手は普通に動けてたし、おれの方見てごめんみたいな挨拶したくらいだったが、そのクルマのすぐ後を走ってた車の中の人はビックリした顔してた。そりゃ驚くよな、突然のことには。ギリ、ブレーキ踏んでぶつかんなかった。結果、事故的には大した事にはならんかったが、やはりクルマを人が運転するのって無理ある。怖い。いつでも。

2015年の夏 Pt.3

クルマ屋

 昨日クルマ屋行って「先日父親が亡くなったんでクルマ、処分したいんですけど」と言ったらすぐに必要な書類はこれとこれと教えてくれ、今日の昼間母親が役所行って取ってきてくれたんだけど、あれなんだよね、処分するにしても、一応カタチとしては相続したってことにはして、それからってことになるってことで、なので「原戸籍」ってのが必要です、と、クルマ屋さん。
そのクルマ屋はおれが数年前にいまよりひとつ前のクルマ買う時から行くようになったトコで、すごく感じよくて、なんていうか、ふつうな感じなんだよね、ふつうに話せる、おれはそういうのんがしっくりくるし、なんか頼んでも端数は切り捨てみたいなのもあって、そういうざっくばらんというか、個人商店ならではの、融通の効き具合みたいのんもよくて、そしたら、父親もそれまでは他のクルマ屋だったんだけど、おれが使ってるそこにしてみるかって云うんで、そこでいまのクルマ買った。
まあクルマ屋のおにいさんも唐突でビックリしたとは思うけど、まあともかく。
そんでその「原戸籍」ってやつが、なんか古臭い、縦書の、昔風のいかにも「戸籍」って仕立てのやつで、うちの父親は出自がややこしい、戸籍と実際の父母がまったく別、カンケーないみたいなよくわかんないことになってるとは前から聞いてるけど、詳しく聞いたことは一度もない、いまとなりゃちゃんと聞いときゃよかったとは思うけど、なんだか実の母親はうちのお父ちゃん産んですぐ死んだらしく、しかも産まれた時点でほんとうの父親はなんだか東京の方へ男の子一人連れて家出してたとかで(うちの父親は末っ子で、その男の子は5人兄姉の上から2番目)、そんでその男の子を持て余したあげく、たまたま出会った行商で花屋やってた人に預けたとかなんとかで、意味がわからんのだが、なんかいろいろいっぱい事件があったらしい、そんでだ。
うちの父ちゃんはさ、その正に戸籍謄本を昔の高校入学には(旧制中学?)必要で取り寄せたら、なんだかまったく知らない名前が載ってるし、なんだよこれはってことでグレたらしいんだなあ。
その、「おれは自分のほんとうの父母を知らない」ってコンプレックスはもうほんと強くて、それこそは2、3ヶ月前にもそんなこと口にしてた気がするもん。
そういうのってすげー引きずることじゃあんだろうけど、おれなんか、こんなかわいいかみさんいて、穏やかな暮らしも手に入れて、そういう方でもっと満足しろよ、みたいな気持ちがいつもあったけど、そういう卑屈さみたいのはでも生涯治らなかったっていうか、性格だったなあ。
でも生まれはややこしいとはいえ、地主の家だったりで、まあまわりに比べたら裕福な暮らししてたし、でもせっかく始めたラーメン屋は止めちゃったし、その後はずっと肉体労働で、社会的成功とは遠く、他の兄姉たちがそれなりになってる、親戚でも検事正まで行ったような人もいるみたいのが更に劣等感を強めてたのか、なんか人を羨むばかりのところは、ほんとずっと、ねえ。そこはほんとさあ。食卓でそういう劣等感聞かされるとほんとうんざりもするわけだ。
実際にうちのことはこまめにやるし、仕事はずっとマジメにやってたし、かわいいかみさんいて、子供も2人、孫も出来て、住みやすい一軒家も建て、最期までひとりで動けてて、近所のサークルにも参加してたのしんでたしで、考えようによっちゃ、ずいぶんと幸せだとは思うんだけど、でもダメだったなあ。口にすることだけは。行動はそんなわるくない、ってか、早くに亡くなったすぐ上の兄貴の子供たち(つまりおれのいとこだ)が大学進学でこっち来ると引っ越しやらなにやら良く面倒見てたし、人の世話をするのは好きだったし、ごはん作りはするし、洗濯はするし、おれにはカブトムシ育てるでかい箱作ってくれたし、その他いっぱいいいトコあって、でもしゃべることがなんかなあで、台無し、って感じで。
おとうさん、おとうさんはおとうさんが思ってるよりもずっとしあわせだし、いいトコいっぱいあるよ、いっぱいあったよ。それがなんでわかんなかったかなあ。だから結局、娘、つまりおれの妹だ、とはどうしても上手く行かず、その延長で孫たちともうまくコミュニケーション取れないまま逝っちゃってさ。そこは惜しいや。ほんと。もぉ。

で、その「原戸籍」見ながらかあちゃんと今日話したんだけどさ、父親は生まれも育ちも長野県なんだけど、その戸籍には出生地が「東京都小石川区」ってなってんだよねえ。意味わかんねえw
なんで唐突に小石川。
江戸っ子かよ?!
そんなバカな。
どう考えても、ってか考えるとかじゃなくて事実、長野県人。
ちなみに「南信」「北信」なんて言い方がありましてな、そんな言い回し、長野県人以外でしてんの見たときない。
うちの父親の父親、つまりおれの祖父さんだ、その人がなんで長野くんだりから東京まで子供一人連れて出てったのか、そして結局その人が最期はどうなったんだか、戸籍上の父母になってる人はいったい誰でどういうつながりなのか、是非ともNHKの「ファミリーヒストリー」で明らかにして欲しい。
おれが有名人になれば、それも可能だなあ。なんかがんばろうかなあ。
まあ親戚の誰かはそこらへんの流れを知ってる人はいるとは思うんだけど。
あとおとっつぁんの育ての親ってのがいるわけですよ。それはおれも知ってる、おれが祖母として認識してる人で、その、高校だか行くまではうちのおとっつぁんがほんとうの母親だと思ってた人で、でもナゾなのが後添えとかじゃなくて、だって「父親」はとうに家出していないわけだし、いったいその「祖母」が誰の嫁だったのか?ナゾは深まるばかり。
考えてみればさっぱりわからない。
うちの母親も今日話してたら知らなかったw

あとあれだよねえ、うちの父親はそんな風に出自がややこしいし、更に高校出て東京出てきてあちこちの料理屋で小僧やって、それもあちこちの店へ入っちゃ辞め、みたいの繰り返してたり、スポーツも得意だったし、高校卒業するまでだって、子供時代からやんちゃでいっぱいいろんなことあったろうし、東京来てからも、リアルに新宿の「和田組のマーケット」をウロウロしてたわけだし、気が小さいのもあってか、すごくありがちに「おれは昔わるかった」みたいなこと口にするタイプで、いつぞやは墨を入れかねないこともあったとか云ってるし、エピソードはいっぱい持ってるはずなんだよね。でもほとんど聞いたことなかったなあ。具体的には。エピソードトークがあんまし得意じゃなかったのかなあ。それも特に家族相手だとさあ。
もっとこう、エピソードトークをおもしろおかしく話せるような人だったならよかったんだけどねえ。持ちネタいっぱいあったはずだし。
つまらんコンプレックスの披露か、底の浅い床屋政談なんかよりかはずっと。
もっと話、おれが聞きゃよかったんだけど、やっぱまあおとうさんと話すのは苦手だったよ。
母親相手だとコミュニケーション取るのはわけないっていうか、遠慮がないっていうか。
息子は母親につく、みたいなあれです。
父親とはやっぱ距離がいつもあった。
もっと近づきたかったけど。おとうさんの方もそうだろうっていつも思ってたけど。
そこはなかなかねえ。うう。

立教大学

今日昼ぐらいに池袋行って立教大学へ。
立教、ってか、立教ん中にある書店ね。
あれだ、入試要項とかもらい行った。
甥っ子(長男)が各大学の入試要項とか取り寄せてて、この前送ったりもしてたんだけど、こっち来てる時に「立教大学も頼んでるはずなんだけど、来てない?」って云われて、来てないなー、なら今度の休みにでも立教大学行って取ってくるよとLINEで連絡など取り、今日行った。
でもいざ行ってみれば立教大学は入試要項は全部ネットでダウンドーロって貼り紙貼ってあって、更に念押しで店員さんに聞いてみたら、やっぱそうで、なんですぐに甥っ子宛にLINEしたら向こうは夜の11時ぐらい、まだ起きてるような時間ですぐ返事来て、そうなんだわかったってことで決着。
ほんでそのまま新宿へ若尾文子特集の「青空娘」見に行ったらチケットがソールドアウト。なんですぐ引き返して『てんや』でかき揚げ天丼食って帰宅。
暑い日だった。
洗濯は朝からして、干して、シーツも上掛けも、母親に昼過ぎには取り込んどいてくれと頼んでおいといた。この時期、夕立、昨今でいうゲリラ豪雨か、それがありうるからねー、あと、洗濯物もせいぜい2時間ぐらいで充分に乾くしね。いま時分は。
まあ2週間ほど経ち、おれもふつうに仕事行き始めてるし、父親のクルマは今朝ほど引き取ってもらったし、年金方面の手続きも既に済まして、事務的なことも割と進んでる。
あと、今日、Amazonで頼んどいたメロン(2個入り)が届き、夕方、近所へ香典返しってんで届けてきた。
のし紙「志」ってのはネットでめっけて印刷してセロテープで貼っつけて。
母親がメロンがイイ!って主張でメロン、なったんだよねえ。
配った後でなんか美味そうだし、自分とこ分も頼みゃよかったねってことになり、スマホをグリグリ、頼んだ♡

 

ジャッキー

それと妹の旦那、おれからすりゃ義弟ってやつか、彼氏の姉貴たち、彼は唯一男子で上に姉が3人(存命がそうで、もう一人いた彼のすぐ上の姉は十数年前に不幸があり、亡くなっている、ジャッキーって名前で、彼女は他の姉たちよりも彼にいちばん近く、仲も良く、おれも十数年前に一度だけ向こう行った時会ってる、すごくすごくやさしい女性で、でも当時幸せとは言いがたく、そして更に不幸があり、死んでしまった。ジャッキーにはずっと生きてて幸せになって欲しかった、そして日本へ遊びに来て欲しかった)、でだ、その姉さんたちからお悔やみのメッセージが届いていて、ありがたい、なんとそのメッセージカードに添えてオカネ(日本円)が入ってた。たぶん、弟に云われて日本には「香典」て習慣があってと云われたか、あるいは葬儀に出ることも出来ないし、花を送るとかってわけにもいかないので、その代わりってことかも知れず、いずれにせよ、そういうことを気遣ってしてくれるってありがたい。気持ち、ってありがたい(;_;)
そんで母親と話して、メッセージカードとそれに添えて「みすず飴」(長野県の名物)を送ることにした。「みすず飴」は昔、向こうへおみやげに持っていったら評判がよかったらしいんだよね。

やっちゃ場の女

若尾文子映画祭で見た「やっちゃ場の女」これがすばらしい傑作だったんだけど、そん中でおかみさんが早々に死んじまって葬式ってことになんだけど、それはもっぱら家の中で行われる、いまみたくどこかよその会場でってのはもっとずっと後のことなんだろうなあ、そいでもって、その葬儀の最中、好き合うもん同士が恋の駆け引きしたり、子供は紙飛行機飛ばしてはしゃいでるし、みんなバタバタと忙しく、自分のことに忙しく、誰も悲しんでるもんもいなくて、したらその映画の感想でこの家は亡くなった者がいるのに誰も悲しんでない、異常だみたいなこと書いてる人がいて、でもさ、葬儀だからって悲しむかってえと、必ずしもそういうもんでもないよねえ。
それは死んだ人、死に方によるだろうとは思う。
葬儀=メソメソ家族が泣いてるだなんて、まったく通俗に過ぎることで、いっそリアルじゃない。
悲しくたって、そうメソメソする、涙流して見せるとは限んないじゃんねえ。
それに葬式の最中だって結構朗らかに笑ったりしてるもんさ。
そういうもんさね。
したらその映画を見てしばらくしてうちの父親が死んだわけですよ。
なんだか葬式見てたんでその映画で、なんとなく予行演習みたいだったなあ。べつに参考になったりはないんだけどさ。結果的に。
あと、うちも別におれもかあちゃんも泣いたりはしてないよ。泣かないね。わりとあっさり淡々と死を受け止めてた。
前から予感あったし、ある意味、悔いのない死じゃあったからさ。
ただね、あれだ、ショックは受けるよ。
お母さんは丸2日ぐらい、なんも食えなかった。
それで木曜日の夜に死んじゃって、土曜日の夜にようやくおれに地元で美味いとこあって、そのラーメン屋行こうっていって、ようやく食ってた。ちゃんと一杯完食してた。それまではほんの一口なにか口にして、もうそれきり、現実なんも食ってない、みたいだったんだけどね。
食わなきゃっつって、かあちゃんの好きなそのラーメン食ってた。
そっからは徐々に戻って来てたかなあ。いろいろと。持ち直し始めてたかも。
それで日曜の夕方には妹ファミリーが来て一気に我が家が夜も含めて賑やかになり、それから一週間、彼らは滞在してて、それがよかったなあ。
おれとしては妹の顔が毎日見れるのがうれしかったし、子供たちいるとなんか明るくて、いーよね。やっぱね。
おれとかあちゃんの2人きりが訪問客もひと通り済んだ後にそれだったなら、なんかもっとつらかった、っていうか、そんな重いもんじゃなかったとは思うけど、気が紛れる一週間があったのはほんとよかったと思う。
いつもと違う空気、お父さんが死んだそれじゃなくって、甥っ子たちがいてのそれがあってほんとよかった。
彼ら、ちょうど向こうの夏休み中で、だからみんな来れてさ。
ラッキーだった。来てくれて助かった。
子供たちはね、未来なんでね。父ちゃん死んでも未来はあるよ、まあそういうね。
うん。

クレジットカード

葬式関係がひと通り済み、葬儀屋への支払いの段取りってことで、おれ、「イオンのお葬式」だからイオンカードで払ったんだけど、したらうちの担当の葬儀社の人、カード決済する時に、こう紙を挟んでさ、カツーンと取手動かすみたいな道具使ってて、おれはあまりの懐かしさに、おれがちょうど池袋のビデオ屋、アダルト専門店、もう27年とかそういう昔に店でクレジットカードの時に使ってたの以来に見かけたそれなんで、思わず「それ、なつかしーですね♡」って云ったら、その女の人、思わず苦笑、「ですよねー」みたいな感じで周りにも何人かおれ以外にもいたけど、みんな笑っちゃって、和やかでいいムードだった。
そんなんも含めてなんかいい葬式だったなって思うよ。
形式張ったそれじゃなくて、気持ちがあって、それでふつーで。
ふつーがいちばん、てのがおれのモットーだしな。
その葬儀社の女の人もうちの雰囲気もあってか、そんな硬くもならず、ふつうな感じでいてくれて、なんかそんなんがよかったな。

なんだかそういえば父親の死に伴うしばらくの仕事へ行かない日々は、といって4日間プラスちょっと、ピンポイントで仕事行ったりだのなんだので、丸々の休みが続いたわけじゃなかったけど、でもでも、なんだかひさびさのオフって感じがしてた。
仕事、というか俗世間から離れてる感があって、そういう点ではどこかすっきりと落ち着いていた。自分のペースで時間が過ごせてる気がしてた。
人に云われてとか、人の目を気にしてとかじゃない生活っていうか。
そりゃ親戚なり来るし、人目ってのはあんだけど、なんていうか、自分でコントロールできる範囲というか、自分で選べる範囲というか、”やらされてる”感のないそれで過ごせてた。

葬儀社に依頼すると、すぐに線香セット、鉦(カネ)とかも含む、持って来てくれて、我が家には仏壇もないし、そんな習慣もなかったけれど、なので、ああそういうものかと後から気がついたようなもので、そうじゃないなら、自分たちでそういうの用意するって頭さえなかったようなもんだった。
でも線香上げたのは葬儀社の人が来た時と、あと親戚が来てちょっとなんかそんなことしたかなー?あとはそう、焼き場で死体焼く前に焼香ってやつやったときぐらいで、おれも、そして母親も、その後も線香上げたりとかはぜんぜんしてないんじゃないかなあ。
なんかそんなこと、こそばゆいっていうか、元からの習慣がないのもあって、なんていうか、心が籠もんないんだよね。そんなことしても。
なのでやってない。
自分たちの気持ちが篭ったことじゃないとやりたくなくてさ。
元からの習慣や信仰がある人ならば、例えば線香を上げるといっても充分に心が籠もりもするのだろうけれど、うちはそんなことしても、なんか無理くりカタチをしてるだけになっちゃうんで、やらない。
でも線香上げるようになってたりってのは誰か弔問に来てくれた時にはカタチがあると納まりがいいものなので、来た人だってそういうのなかったら、困っちゃうだろう、そういうのもあって必要じゃあるが、本来の身内のおれとかおかあさん、あと妹はどうかなあ、なんかそういうのじゃないのがむしろしたいっていうかね。
手荷物みたいんじゃなくて、香典返しにメロン送ったのもその一環で。
なんか気持ちが入ったことをしたいんだよね。そうじゃないと気持ちわるいから。なんか自分たちなりに”ちゃんと”したいんだ。
世間の決まりじゃなくてさ。
まあ、うちはつきあいが小さいからそんなこともしてられんだろうけど。
つきあいがある程度あればそうも行かないよな。
まあそんなわけで、この先、仏壇は用意しない予定。おれもそうだけど、お母さんも仏壇とか辛気臭くてヤなんだよね。
あと元からうちらにはカネもないし、その上更に、気持ちもない、ただの他人の、ビジネスでやってるきりの坊主に大層なカネ払う気もないし、大体父親がそういうの大きらいだったから余計あれだ、戒名とかはね、つけない方向で。
でもなんもないのも不自由だし、それなりにカタチが欲しいってんで、戒名のないネームプレートみたいのんは、かあちゃん、イオンに頼んでこさえたいって云ってた。戒名なし、ってのがOKかどうかは知らんが。
あと仏壇じゃなくて、どうせならオシャレっぽい方がいいなと思うので無印良品でなんかしら写真と線香でも置けるような棚でも買おうかなって思ってる。(オシャレ=無印良品というおれの限界w)
なんかしらは用意する予定。
かあちゃんはやっぱそれなりになんかカタチは欲しいみたいだし。
おれとしてはほんとはなんもない方がいいんだけど。おれの気持ちだけで云えば。
だってさ、お父さんのことはさ、この先もずっと考えてるもん。近頃だって仕事の合間にふいにさ、なんかね。まあそういうもんだが。
うちはちんまりと、そうはいってもあたたかい家庭じゃあったからさ。恵まれてる方だしさ。そういう点じゃ。
ともかく、今後も訪問者はいて、特に親戚筋、実際にお父さんと関わりのあった人たちには手を合わせる場所が必要だしね。そういう人たちのこともちゃんと考えなきゃいかんし。
弔いってのは自分と父親だけのことじゃないんだなってのは今回でようやく学んだよ。まあ世間的に”ちゃんと”は出来ちゃいないだろうけどさ。

 

エアコン

 エアコンがイカれた。
ゆうべ等間隔で「ポッ」って音がエアコン方面からするので耳を済まし、近くへ寄ってよく見てみたら露が垂れてた。
よくあることとも言えるがなんせこのエアコン、93年製だ。
20年以上駆動してる。
幾らなんでも長過ぎる><
元々はこの部屋は妹の部屋でエアコン導入したのも妹だ。
うちの親はエアコンとかそういうのに疎かったし。
でも妹が結婚して家を出たのがもう17年(?)ぐらい前。
おれが所沢の一人暮らしから実家へ戻ったのが12年ぐらい前。
なんで5年ぐらいはこの部屋は空いてたし、エアコンも使ってなかったはずだ。
でも購入してから20年以上経ってることは確か。
よくいままで保った。
なので本当はこの夏が終わりオフシーズンになったら買い換えるつもりだったけど、さすがに限界が昨日来た。
それで素直に諦めて今日ヤマダ電機行って新しいの買ってきた。
工事は来週の月曜だからまだ一週間はあるけど。
幸いうちは比較的風の通りもよく窓開けて扇風機つけとけばしのげなくもない。
ただ、PCがあるんでねえ。
PC使うには冷えた部屋じゃないと影響もあろうし、それ以上におれの頭がなおさらぼおとしちまう。
考えたり集中したりしないんでよかったならべつにエアコンなしでもなんとかなるんだけど、そうもいかない。
暑さには元々強かったし、昔は夜勤や遅番の時は昼間窓開けて寝てたし、寝れてたし、あれだったけど、さすがに年齢的には昔みたいにはいかんじゃろ。
アパート住まいの時もずっとエアコンなんかなくて、でも彼女が出来て必要もあろうと導入したんだよなあ。30歳過ぎてからだ。それは。
今日は最近の例に倣い5時起きで(老化)、朝はまだぼんやりととりとめなく過ごしてたけど、それでも歯磨きや髭剃りはさっさと済ませるのはこの10年ぐらいのクセ、昔は特に髭剃りがめんどうでめんどうで休みの日とかはずっと先延ばしにしてたもんだった。
いまは逆にヒゲ剃らないと気持ちわるくて落ち着かなくなる。
午前中はそれでようやく重い腰を上げ、甥っ子(長男)宛の大学案内をアメリカ宛に送る用意と、妹の旦那の姉たちから来たお悔やみ状&香典(アメリカ人だけど、たぶん彼女たちの弟からの示唆?)返しで「みすず飴」と、母親がパソコンで書いたお礼状&おれが佐々木マキの絵葉書に「Thank you for your compassion」と書いたそれを添えての小包をEMSで送る準備して郵便局持ってった。それでその帰りにそういやクルマ洗わなきゃってずっと考えてた、気にしてたこと思い出してガソリンスタンドへ。
そしてあっつい中、洗車。たまのことなのでいちばん高いヴァージョンで洗った。
これでスッキリ。

あとはおかあちゃんがカインズホームで竹箒とか買いたいというんでいっしょに行って、その前におとっつぁん死んで2日目の夕に2人で行ったラーメン屋行ってラーメン食った。
おかあさんがそこのラーメン好きなんだよね。
かつおだしで、醤油味のワンタンメン。
おれも好きだし、まあ結構、美味い。
その他はショッピングモール行って無印良品でこの机欲しいなあとか思ったり、主に遺影とか載せる用、ハンカチ買いたいなあ、けど無印だと500円か、普段の仕事行くときとかのやつだし、なので100円ショップでいいやと、その後100円ショップ行きハンカチ3枚買ったり、サマソニ用にとブルーシート買ったりした。
あとサマソニ用にズックも欲しいと考えているが、おれはいつもVANSで、でもここんとこ買うのがみんな足が痛い系で軽く履けるやつがないのが悩み、でもVANSがいいし、なんかないかなあとABCマート覗いたり。
そしてヤマダ電機行ってエアコン見て、それで一度帰って少し考えてまたヤマダ電機行って工事とかの手続き込みで購入。
夜は冷蔵庫にいっぱいあったイカをかあちゃんがフライとぬたみたいにして、イカ祭りな夕食。
あと今日は午後にちょいと氷使おうと冷凍庫の氷コーナー開けたら氷が溶けてて、これは!?と思い他の冷凍庫見ても溶けかけてる、まずいってんで電源抜き差し、その後急速冷凍のボタン押したりして回復へ。
他にAmazonで買ったメロン食ってみたけどまだちょっと早かった。まだ熟しきってなくてちょっと硬かった。
でもさっさとどんなもんか食ってみたかったんだもん

諸々費用

 初日、病院から自宅までの葬儀社による移送がおおよそ4万5000円。
納棺やらドライアイスやらその他葬儀費用が260700円。
(通夜、告別式なし。坊主とかもなし)
元は20万弱だけど、安置所代とか、ドライアイスの追加とか、特に納棺師の人頼んだりがあってプラスαな料金。
火葬場が焼き&会場代で13000円。なんか町のそれで安いらしかった。
元々の救急搬送&死体検案が合わせて7万円ちょい。
(死体検案が保険診療外でほぼ5万円)
なので病院関係は抜いて、葬儀関係、おおよそ30万円ちょいで済んじゃった。
お安い♡
まったく思った以上に安く済んじゃったよ。
でもわるくない、というかいい葬式だったなあって思ってる。
家々の事情はそれぞれでカネ掛けないわけにもいかない、ってケースが殆どだとは思うけど、まあうちの場合はこんなでしたよ。
参考までに。

ほんとは告別式とかもしないわけだし、香典ももらわずともよいなあとかぼんやりと考えてたけど、来る人は携えて来るわけで出されたものもらわないわけにもいかない。
それはそれで気持ちだし、ありがたいしね。
まあそのお返しでかあちゃん発案でメロンてことになったんだけど、その香典くれた人たちの名簿はおかあさんが作った。結局。
おかあさん、あれなんだよ、パソコン教室通って、住所録とかは作れるんだよね。まあ、その腕を活かして☆
おれがやろうかとは思ってたけど、その前にやってた。
そのリストを元にメロン頼んだり、配ったりね。

 

餃子

 うちのお父さんは料理が得意だったけど、そんな中でももっぱらの評判は餃子だったなあ。
昔ラーメン屋もやってたしね。
それにそのラーメン屋も味はよく評判よかったらしい。
で、その餃子のレシピ、妹が数年前にメモって持ってるらしい。
今回訪問してくれた中に父親のすぐ上の兄の子供たち、つまりはおれのいとこだ、女2人に男1人。そのいとこの姉2人はその餃子の味に馴染みが特にあり、妹が、じゃあレシピ渡すよってことになったりしてた。
あと「揚げおにぎり」っていう、うちの父親が発案したのがあんだけど、我が家じゃ定番、おれは特に子供の頃はしょっちゅう食ってた気がする、甥っ子たち来るとお父さんは彼らにそれを作ってて、子供ウケもいいんだよな、それ。
なんか焼いたりもちろん最終的には油で揚げたりで結構工程があるらしいんだが、そのレシピも妹が持ってるし、あと、いとこも前からそのレシピは心得てるらしい。
おれはわかってないので、そのレシピをここに開陳したりできないのであれだが、あれだよ、味付けは醤油と味の素(!)たっぷりで、その上油で揚げてるわけだから、もうカロリーとかはすごいことんなってるし、体にいいとは言い難いが、これがねぇ、美味いんだよな。冷めても美味い。
雑に云うと揚げ煎餅でごはんが包んであるような感じ。
おれ、先だっての訪問でいとこと話すまで、それが父親オリジナルだって知らなかったよ。
なんかあんまりにもうちじゃ定番だったからさあ。
おとうさん、えらいね。なんかいろいろと器用だったよ。おれにはとてもないそれだ。
キノコも、昔は長野の実家行った時、採ったりしてたもんなあ。
おれ、そういうの、まったくだめで。
カブトムシもクワガタも、おれ、自分で捕まえたこと、おおよそない。いっつもおとうさんに採ってもらってたなあ。

いまから考えてみると、お父さん、10年前はまだ元気だったんだなあ。
それがここ1、2年ぐらいで衰えた。歩くのも億劫になってた。
あと、お母さんが入院した頃もまだお父さん、元気だったんだなあって、いまになるとわかる。
7、8年ぐらい前。
あのときはお父さん、毎日見舞いに行って、そうしてお母さんの下着とか持ってったし、ちょいとしたしょっからいおかずとか作っては持って行ってたんだ。かあちゃんは塩辛いものをどうしても欲しがるしねえ。病院食だと淡白過ぎてw
お母さん、だから入院しても、他の家と違い、食うものの心配はしなかったなあ。あのときは。
お父さんがごはん作りしてたし、ふだんから。
あとあの頃は洗濯もしてた。
ただ入院中はおれが洗濯係してたりしたと思うけど。あとゴミ捨てか。

2015年の夏 Pt.2

仕事、火葬、納棺師

7月9日(木)がその日で、父ちゃん死んだ日、そして今日は7月20日(月)。軽く10日は経ったねー。
あっちゅー間だけど、まあ中身はあって、当然の時間の進行で。
9日の夕方に病院行って次の日からは休み取って、でも7月14日(火)、7月15日(水)は通常通り、仕事に行ってきた。懸案事項もあってメンドクサかったし、ストレスも感じたけど、でもまあしょうがない。
特に(火)(水)はおれしか入れないトコがあってさあ、それでちょいと休んでるわけにも行かず出勤した。 
それで7月16日(木)はでも現場のみ、それも朝イチでキャンセルの報があって、午後に1箇所だけ、ちょいとトラブルのあったとこでその修復的なあれで新しいヘルパーさん連れて行ったりで、若干厄介な案件じゃあったけど、でも意外とスムースに進み、それである意味スッキリ。その日は雨模様で結構降ってたりもしたけど、まあ順調に済んだかな。しかもそれだけだったし。
でもって翌7月17日(金)もまた現場のみ。3回の出動みたいな感じだったけど、特に3件目は予定より早く終わり、なんで午後1時過ぎ(?)には帰宅出来た。その日はでも午前中はずいぶん降ってたなあ。けど午後からはすっかり晴れた☆


でもってその7月17日(金)の午後2時過ぎからは火葬場へ。
父方のいとこが2人と、おとっつぁんの姉と兄。
まあ、おれの父ちゃんは家系が複雑的なあれで、おれも詳しいことはまるきり知ってないんだけど、その姉とはいっしょに育ってる。で、その兄とは別に育って、しかもお父さんが高校生ぐらい(?)に初めて他に兄弟あんのがわかって、みたいなことらしく、その兄とは育ちはまったく別だ。
その姉はちなみに別所温泉で旅館に嫁ぎ、いまも現役で切り盛り。
その兄は新小岩で花屋やってる。なんでも元々は親に捨てられてリヤカーで花の行商やってる人に拾われてってことらしい。結果的にその花屋は倦まず弛まず働き通したおかげで大層な店にはなり、まあ親戚筋じゃいちばんの金持ちだと思う。
あと、もうとうに亡くなったおじさんてのがいて、その人はおれのお父ちゃんの直接の兄貴で、おれが小学校の頃には死んじまってる。お父さんとはいっしょに育ってるし、まあほんとうに兄貴らしい兄貴だったんだと思う。
ちなみに長野県ね。父親は。まあ母親も長野だけど。
その直接の兄貴はおれにも記憶にある人じゃあるし、物心付く前から、そして亡くなった後からもちょくちょくその家には行ってたし、いちばんつきあいのある親戚で、いとこたちとも馴染みがある。
長野県小県郡(ちいさがたぐん)長久保ってとこなんだけどさ。
そこがうちのお父ちゃんの生まれ育ったところ。

今回、よくわかったのは親戚筋もみな高齢なんで、我が家に来るにあたってはこちらの方として、イスが必須ってことだった。
年寄りはもう、膝折れないからね。
まあそのへんはおれも仕事柄なんとなく心得てはいたけど、でも親戚が訪ねてきてみて、すぐに気づいたレベルで、あらかじめそこまでの予想を立てるだけのあれはなかったな。
あと、クルマは必須。
前も書いたけど。
特に高齢の親戚の送り迎えにはクルマがないとね。
都心住まいだからクルマは要らないだなんて、年喰ったら云ってらんない。
自分の親の通院とかでも、そうだしね。
あと、クルマは低床タイプじゃないと年寄りが乗り降りできない。
ワゴン車のでかいのとかはだめ。
軽か、セダンだ。


救急搬送の請求が来て、今日早速払って来ちゃったんだけど、ほぼ7万円ぐらいだった。
ちなみに午後6時過ぎに搬送。病院出たのは零時過ぎ。
救命処置やら死亡診断書とかは合わせても保険が利いて1万6千円ぐらいだったんだけど、警察案件になったんであれだ、「検案」てやつが入って、それが保険外で5万円だった。
なるほどねー。
死体検案は保険外診療か。へー。
云われてみればそんな気がする。
でも警察案件にしないには病院で亡くなるか、自宅の場合はかかりつけ医に死亡確認してもらうっかないわけで、まあそうはなかなか、ねー。
救急車呼ぶよなあ。
まあ大概は入院して後、なんだろうけど。
でもうちのおとうさんは結局自宅で倒れ、その時点で死亡は確実だったし、入院費も、逝くか逝かぬかの惑いもないままで済み、倒れたのはまだ夕方だったし、ちょうどおれもその日はその時間に家にいたし、なんかいろいろラッキーだった。
半年、1年前からフェイドアウトの気配があって、そして、だったし。
なんつか、そういう意味で後悔はないというか、こちら側としてはなんつか、正に往生って受け取りになれるそれだったよ。
しかも余計なカネもかからず、さ。
なんかね。

病院から夜中に帰って次の日の朝、「イオンのお葬式」に電話して最寄りの葬儀屋を紹介してもらい、そこの人との打ち合わせ、おれは自分の仕事のスケジュール見ながら葬儀の段取りを決めてったが、まあ、そもそもが「通夜」「告別式」抜きのつもりだったし、最低限のあれってことで、「出棺」と「火葬」だけ、みたいんだったが、それででも「出棺」は少なくとも妹が来てからってのがあったんで、それで遺体を我が家に5日間は置いとくことにはなって、でも結果的にそれがすごくよかったんだよなあ。
7月9日(木)深夜~7月13日(月)の昼、その間、遺体は我が家にずっとあったわけだ。
ふつうの家屋で、しかも前半は比較的気温が低めだったとはいえ、死体を数日間置いとくだなんてねー、ちょいと無理があったが、案外大丈夫だった。
数年前に1階の両親の寝てる部屋にエアコン入れたんだけど、先見の明があったっていうか、それがなかったら無理だったなあ。とてもじゃないが。自宅に死体を5日間。
もうここんとこ数年は夏が死ぬほど暑くて、おれも仕事柄、年寄りにはエアコン必須って頭があったから、親に勧めたんだよねえ、エアコン。
うちの親はエアコンとか別に要らない、みたいなタイプだったからさ、元々は。
でも結局、あまりの暑い夏つづきの昨今、入れてまったく正解だった。
で、初日、病院から葬儀屋が遺体運んでくれて我が家に寝かせた後でドライアイスを身体につけて冷やすようにはしてくれて。
でも次の日、べつの葬儀屋、イオンのお葬式で紹介されたそれが来て、出棺までは毎日来てドライアイス換えますねってことでそうしてくれたんだけど、7月11日(土)、帰宅して2日目(?)にその葬儀社の女の人が来てくれた時に、遺体の色が少しくわるくなっちゃってて、さすがにふつうの家ん中じゃ保存もあれだしねー、そんで顔色わるいんで納棺師呼んでメイクしましょうか?オカネも掛かりますけど?みたいに云ってくれて、それ聴いておれは素直に、ああじゃあ頼みます、ってことにしたら、その日の夕方には早速来てくれた。
あれだよ、遺体が我が家にあった5日間、その間、夜はおかあさん、それまでと同じようにおんなし部屋でいっしょに布団ならべて寝てたんだよねえ。
まあ北枕ってやつで、頭の向きはちがったけど。でも。
結果的に、そうやって幾晩かいっしょに過ごせたのはよかったなあって思うし、おかあさんもよかったんだと思う。
死体がさっさと安置所とかに行っちゃうよりかは。
でもあれなんだよ、うちのおかあちゃん、ばかだからさあ、エアコン寒いとか、線香の匂いが臭いとかいって、窓は開けちゃうし、冷房の温度はあげちゃうし、遺体保全てことにまったく無頓着でw
そりゃおとうさんの顔色も変わるよw
でもって納棺師(女性)が来て、それまでは家から病院に持ち込みの甚平だったのを白装束に着替えさしてくれて、さらにドライアイスももっと念入りに身体にくっつけてくれて、でもおかしかったのはうちのおとうさん、すげえ腹が出てるから、おなかの上に載せたドライアイスが落っこち気味で、ちょいと腹から滑り落ちててw、まあでもいっぱい上手く置いてなんとか。
あと、エアコンはもうごく低く設定してくださいってゆわれたw
そりゃそうだ。ごもっともm(_ _;)m
でさあ、納棺師、「おくりびと」で見たじゃん、あんときはただ映画見て「へー。」とか思ってただけだけど、実際にさ、その納棺師の人がおとうさんのこと着替えさして、着替えてる間は遺族は部屋から退場、まあ裸になるわけだし、そういう都合かなあ、そんでその後メイクしてく時に、こう、おれとおかあさん呼ばれて、うちらに話しかけながらさ、父ちゃんにメイクしてくさ。
したらさあ。
あれだよ、そんな大したこと云ってるわけでもない、でもいい感じに「おとうさん、いい顔してますねえ」とか褒めてくれてて、そんでそれがまったく営業のそれとかって感じも受けず、すごく滑らかに受け取れるやさしい感じでさ、そしたらすっごく気持ちがラクんなってくんだよねえ。あれはビックリだったわ。
すげえよ。あの癒やし効果♡
おかあちゃんなんかさ、すっかりアゲアゲで、なんかたのしそうでさ、さらにさ。
ほんと、ごく短い時間なわけだけど、メイクしてる間なんかさ、それでそう大層なこと話し掛けられてるわけでもないのに、あれはすごい効果だったなあ。
納棺師、すげえ!って思ったよ。
あのコミュニケーション技術たるや。
並大抵じゃないね。
あれは遺族にはすごく救いだと思う。
いや、「おくりびと」だよ、ほんとまったく。
納棺師頼んだのはさ、遺体保全が自宅ってことで色みも変わって来ちゃったし、たまたまで、もし安置所へさっさと移送してたら頼んでなかったけど、でも結果的に納棺師の人、呼ぶことんなって、ほんとよかったわ。
なんかそういうのもラッキーだったなあ。

儀式

 あったこと、いちいちぜんぶ書こうと思ってるせいもあるけど、自分用の備忘録ってことでもある、思った以上に書くこといっぱいあって、たかだか一日だけでも多いなあ。
いっぱいあるわ。書くこと。
まあ滅多にないイベントじゃあるし、残しときたいよね。
記録。
すでに記憶は曖昧なんだけどさ。
ふふ。
でもあまさず書きたいんだよねえ。気持ちとしては。
じっさい無理だけど。
で。
遺体を自宅にずっと置いといたことでなにが幸いだったかって、いまどきの「通夜」「告別式」やんなかった代わりに、人がうちに来てくれんだよね。入れ替わり立ち代り。
そうすっと、儀式やってるわけでも、会場みたいんでもなくて、そんで遺体が目の前にちゃんと間近にあって、その前で膝交えて来てくれた人たちと話せたんだよね。
それはすっごいよかった。ほんとよかった。
遺体、うちにしばらく置いといてほんとよかったってあらためて思う。
ほんとうの通夜っていうかさ、それが数日間つづいたみたいな。
元々通夜って親しい人間が訃報聞いてとりあえず駆けつける、そんでもって酒飲んだりしていろいろと話したりするってことだったんじゃないかとは思うけど、ただ、昨今の「通夜」って告別式とやってることまったく同じで、どっか会場で段取りに参加してるだけ、話してる余裕もない、遺体はとうに棺におさまってて顔だけ見えて、とおりすがりにその顔見て、みたいな感じで、そういうの味気ないなあっておれも仕事柄葬儀に出ることは時たまあったんで、そんな感想だったけど、我が家はそういう儀式とかきらい、苦手って云ってたのがたまたまのさいわい、ちゃんとほんとに気持ちで人が来てくれて、遺体の前でひとりひとりとちゃんと話が出来てほんとよかったって思う。
だからその後の納棺~出棺も含め、結果的に形式じゃない、すごい中身のある、いい葬式だったねえっておれはかあちゃんと言ったりしてるよ。
まあ、うちがたまたまつきあいだのなんだのってのがほぼない、エライさんでもないとか、そういういくつかの条件があって、わりと好きに、形式から比較的自由に出来たってだけではあるけど。実際はしがらみだのなんだのあって、うちみたいなやり方はむずかしいだろうとは思うけど。
一般的な葬式の効用ってのも、それはそれであるとは思うし。
まあ、とにかく、我が家の父ちゃんのそれはそんなで、わるくなかった、っていうか、いい葬式だったと思う。

おれが死んだら

しかしいずれおれひとりになったとき、おれが死んだの、誰が気づくんだろうなあ。
誰もいないじゃん( ゚д゚)ハッ!
おれがこの家ん中で倒れててもねえ。
あれだ、夏場は止しときたい。
まあ後処理とかは妹がアメリカから来てやってくれるかとは思うが、おれが死んだのに誰が気づくか問題。
ご近所さんとつきあいがある、それができればいいんだろうなあ。
したら一日一回安否確認してもらえれば、少なくとも24時間以内には誰か気づいてくれる。
でも前からずっと思うけど一人暮らしってそもそもが無理あるよなあ。
文明があって、更に若いって条件がないと。
一人暮らしはいつからあるか問題。
もちろん結婚しててもいずれはひとりだってのもある。
でもそれでひとりになってしまう、ってのも過渡期というか、ひとりにならない方法があってもいい気がしてる。ずっと。


それで、来年には甥っ子のうち長男が受験でこちらへ来る。
更に受かればそのまま我が家に住まう予定。
日本の大学に行きたいんだって。
彼は甥っ子3人のうち、唯一の日本生まれ(でも1歳になる前に渡米)。
そういうのもあるのか、アイデンティティが日本人、みたいなとこ、あるみたいなんだよね。
まあそれであれだ、来年以降はもしかすると我が家、3人暮らしになるかもだ。
若い子、10代とかいるといいよねえ。やっぱさあ。
助かるわ。
おかあさんとおれの2人だとさ、やっぱちょっと地味だしさ。
若い子、歓迎ヽ(^o^)丿
でも甥っ子も大学卒業したら、都心に住まうことんなるかも知んないし、あるいは外国へ行く可能性も高い。
なのでせいぜいが4年かなあ。
でもいてくれるだけマシだ。
彼氏、この前話聞いたらSFCに行きたいとか行ってたんだけど、でもそれだとさすがに我が家からは通えないので、妹の云うにはどこか都内の大学ってことらしい。希望としては。
なんでSFCかっていうと、メディア学科みたいのんが彼の希望なんだよねえ。なのでそういう感じのがあるからみたい。
あとは早稲田とか上智とか言ってたけど、おれんちってそんなエリートっぽい感じだったっけなあ?ふしぎ。
両親は高卒、肉体労働だったしねえ。ずっと。
妹はほんとしっかりさんですよ。
子供3人みな、バイリンガルにしちゃったんだからね。
それだけでもすごい。
かわいい。
いつでもかわいい。
限りなくかわいい。
妹は妹ってだけでかわいいね。
アメリカの中西部住まいのわりに垢抜けてるし、今回はネイルアートしてて、それもかわいかった。
あとヘアスタイルもキメてたな。
いいなそういうのって。そういうのが好き。
妹のこと、かわいいかわいい、ってふつうは云わないのかしんないけど、あと、きもちわるいみたいなあれなのかしんないけど、おれにはカンケーねえ、妹ってなあいつまでもかわいいもんだよ。
甥っ子長男は3人のうちでいちばん社会性があるっていうのか、ひとづきあい上手で、今回の一週間ばかしの滞在の間もこっちの友達とあったりで結構出かけて忙しかったんだよねえ。
すげえリア充。
LINEのアイコン、彼女とのツーショットだし。
彼はおれと基本的な部分がどこか似てて、顔もなんとなく似てる、でもおれと違うのは限りなくリア充だってあたりかな。
甥っ子たちは2年に1回ずつこっちに来て、ほぼ1ヶ月ぐらい滞在するのを繰り返してて、それでこっちにいる間は幼稚園や学校へ一時通園、通学みたいのしてて、なので特に社交的な長男はふつーに友達ができてるんだよねえ。
すげえな。おれにはとても無理。
だから今回も中学時代の友達と会ったり、あとはアメリカの友達で、でも日本人で帰国子女枠で日本の大学へ進学予定でこちらの予備校に通ってる友達と会ったりと、なんかそんなこんなだったみたい。
すげえな。おれには無理。

アンテナ工事

遺体を自宅に安置して2日目だったかなあ?BS&CSアンテナの工事があってさ。
うちは元から地元のケーブルテレビじゃあったんだけど、でもBSもCSも映るわけじゃなかったのが今度から映ることんなって。
したら外の電信柱の配線だけじゃなくてうちの中入ってきて我が家のTVそれぞれに専用の(?)コードを挿してくわけですよ。
それでだ。
死体の置いてある1階の部屋にもTVはあって、つまり工事のおにいさん、かわいそうに死体の横でそんな作業しなきゃなんなくて、更に母親にBSとかの見方とか教えてて。死体の横で。
おれらはいいけどさあ、向こうは戸惑うよなあ。困ったと思う。
まあ、いいネタ持って帰ったと思ってもらえれば。
今日それで、火災保険とか、あと自動車保険の人へ夜、夕飯終わったあと、かあちゃんが電話して。おれはすぐそばにいてさ、いま掛けたら?みたいなノリで。
したら、あれだ、「うちの主人が亡くなりましてねえ」みたいなこといきなり言い出すから保険屋の人も驚いちゃって。
保険屋っても、なんていうの、個人でやってるっていうか代理店みたいな?仕組みよくわかんないけど、ともかくもうちの父親のことは、まあ見知ってるわけですよ。それもふつうに元気だったし、病気んなったとかの話もなかったわけで、それがいきなり死んだって聞かされてもねえw
なんか結構驚いてたっぽい。かあさんの言によると。
ふふ。
まあこっちは当事者だからさあ、驚きもないし、ある意味ふつうなわけで、でも知らんかった人からしたらねー。まあねえ。
そんでうちは通夜も告別式もやらんかったんで、それでも我が家を訪ねて来てくれる人たちは香典持参して来てくれたんで香典返し、いまどきなら通夜or告別式の会場で帰り際に渡すけど、式がなかった分、遠くから来た親戚とかには配送で、そんで近所の人たちには直接訪ねて返そうってことにはなって。
そしたらおかあちゃんがメロンがイイ!って云うんだよね。そんでメロンなった。
地元のスーパーで配送用のは昨日頼んで、それ以外、近所の人へ配る用のはおれがAmazonで頼んだ。スマホのアプリで。ナウいね☆
うちはまあ葬式ってもまったくざっくばらんだったんで、葬儀社の人(女性)もやりやすかったと思うよ。
ああいう人ってふつうは素直に笑ったりしちゃいけないのか知んないけど、おねえさん、ふつうに笑ってた。うちらとやりとりしながら。なんかそういうのもよかったな。
ざっくばらんがいいよ。テキトーが。
その方がいいや。おれらは。気楽にさ。
かしこまってもねえ。
似合わねええ。そもそもが。
うちのおかあちゃんも気が小さくてバタバタと落ち着きがない一方、邪気もなくて、裏表みたいんがないんで、葬儀社の人もつきあいやすかったんじゃあないかと思う。
おれはおれで、雑になんでもいいや、そのへん、テキトーにってカンジだし。
あとまあうちの場合、いい亡くなり方だったってか、いい死に方だったってか、あんま引きずったりややこしいことんなったり、悔いの残るそれではなかったので、そういうのも大きいよなあ。
素直に死を受け取れてたから。ラッキーだった。
狙ってできるもんじゃないし、でもおとうさん、上手いことやってくれたよ。うん。
おれや、そしてなによりもおかあさんに負担(物的にも金銭的にも心理的にも)掛けないように、妹も子供たちの夏休みでみんな来れるタイミングで死んでくれたんだと思う。
じわじわと時間かけてフェイドアウトしてく感じだったしね。
うちはついてる方だった。そういう意味では。
ありがと、おとっつぁん。
おれはでもおとうさんのことが好きなんだよな。きらいなとこもいっぱいあったけど、でも。
もっとほんとは「触り」たかった。それがなによりもしたかった。
でも、できないよね。なかなかね。いまさらね。
もちろん、話もしたかったけどさ。
でもなかなかね。
おとうさんは52歳にもなる息子が帰ってくると、部屋のすぐ横にクルマが留まるんですぐわかる、帰ってきたの、それでおれが玄関入るといつも「おかえり」って云ってくれてた。52歳の息子に。でもおれはいつももごもごっと聞こえもしない程度に、「ただいみ」(「ただい”ま”」じゃない)ってゆーだけで、おとうさんの顔も見ず、部屋のドア開けるでなし、返事もしない、返事したつもりで、いつも済ましてた。
まあそんなもんだけど。
まあそういうもんだ。
しょーがない。

写真のキャプション

(以下は本来は写真があって、その説明)

救急搬送先の病院で事情聴取だので待ってばっかで疲れちゃってるおかあさん。
おなじくとりとめなく、しょーべんばかししてたおれ。

おとうさんwith ミー。
蓋閉める前に自撮りでツーショット撮ろうとしたら妹が、わたしが撮ったげるよってゆってくれたんで撮ってもらった。
したら葬儀社の人(2人。女性)、「え?」みたいな顔してた気がするw
まあふつうはしないのかもな。
まあいいじゃん。たのしーほうがさ。
たのしーのかなー?
まーツーショットだよ。
撮りたいよね。
たのしーとも言える。
せっかくだし。

で、さらに一家4人。おとうさん、おかあさん、妹におれ。
家族みんなで。
それと孫たち、義理の息子。
いい記念だ。
甥っ子たちはいきなり遺体で意味わかんなかったと思うけど。
でも彼らがいてくれたおかげで布団から棺へ納める人手と、出棺で外へ出してストレッチャーへ載せる男手がいてよかったよ。
あと死装束への手伝い、脚絆履かせたりみたいんも手伝ってもらった。
よくわかんなかったと思うけど。
いきなりおじいちゃんの死んだ身体でさあ。
それ触ることんなってるわけだし。
まあ、そういうのもわるかないよね。

火葬も済んで。
山の中で背景もよかったと思う。
あと、この日は午前中までは台風の残りがあったけど、昼過ぎから晴れてさ。
ロケーションも天気も結果、よかった。
なんかいろいろいい葬式だったよ。
うん。
いわゆる式っぽいのんはほぼなかったけどさ。
でもなんかいいあれだった。
カタチじゃなくて、気持ちがあったよ。ほんとさ。

ど根性ガエル

7/9(木)がその日で、それから2日?ぐらいはついったもTVもなんも見る気んなんなくてさ。
まあふつうそういうもんだろうし、ふつうの反応だな。
それが変わったって時の自覚が実はあって、べつにそんな時間経ってからじゃなくて、木曜から土曜を過ぎて日曜日の早朝だったと思う。
最近はただでさえ早起き(老化)なんだけど、そんときもまた3時半に目が醒めたんだか、4時に起きた日だったか、ともかく早起きで、それでとりとめなく、でも前の夜ぐらいには少しはついったは覗いたりはしてた?それともその早く起きてのことだったか、TL見たら「ど根性ガエル」の話題で、満島ひかりのピョン吉がすごい!とかゆー話題とかがあり、そんでなんとなくそれまでも見る気もないのになんとなくTVはつけたりはしてて、でも見るでなしだったんだけど、流れでHuluつけて、それもいつもの流れ、したら「ど根性ガエル」が入っててなんか見てみるかって見てみたら、これがすげーおもしろい。引込まれた。ぜんぶおもしろかった。たしかに満島ひかり、すごかった、じゃなくてすばらしかった。あっちゃんのバツイチ設定の京子ちゃんもよかったし、ヒロシもかあちゃんもだれもかもみんなよかったし、音楽もよかったし、CGもいい出来だし、文句なしな完璧、パーフェクト、したら、もうあれね、こう、見てて”入って”来るようになってて、だいぶん立ち直ったっていうか、まあなんか見たりして感じられるぐらいのことにはなってたのにすごく気づいてた。見ながら、すでにそれはもう。
でも、あれなんだよな、突然死んじゃったショックはもちろん上記のごとくあったけど、それよか実はもうこの1年?2年?ぐらいでおとうさんの活力がぜんたいに衰えて来てて、そっちのがいつもうっすらと長い悲しみだったの。そっちのがむしろ悲しかった。悲しさでいうと。だから突然の死はいわばショックが強いだけで、切ないとかでいうと、あんまし元気なくなって来てたことのが、あれだったなあ。ほんと。
それで「ど根性ガエル」以降はわりとTVとかも見れる、見てても”入って”来るようんなったかなあ?
そんな記憶。

探偵の探偵

今日、ちょうどいまやってる、けど録画してるだけで後で見るつもりの北川景子主演の「探偵の探偵」録画した第一回見たらすごくおもしろくてよかったんだけど、でも2回目は録画しそこねてたから、フジテレビのネットで見れるやつでその2回目も続けて見て、したら2回目からはなんかふつーかなー?みたいんなっちゃったんだけど、まあしょうがない、そーゆーもんだ、それに、といって出来がわるいわけじゃない、エンターテイメントとしてはぜんぜんたのしめるそれで見応えあるし、見応えあっていいし、それで何が言いたいかって云うと、ちょうどおとっつぁん死んだ7/9(木)がその「探偵の探偵」第一回目で、だから今日まで見る機会なかったっていうか、見るの、延び延びんなってたわけなんだけど、べつにその日だからとかってんじゃべつになくて、他の見てたしみたいなあれでそれで、そんで小雨降ってたその7/9(木)の夜、おれ、しばらく前からLINEで割と話題んなってた北川景子の公式LINE入れてて、したら、彼女バババッっと日に1回から2回まとめて打ち込むんだけど、それが読んでてたのしい、美人に話しかけられてんだからわるい気もしない、そんなこんなで気に入ってたんだけど、でもちょうどその7/9(木)はさ、おれの方はそんな状況で、更に妹には連絡がすぐにつかない、だって向こうはまだ朝5時とか6時とかだもん、まだ寝てたわけだ、そんで妹からのLINE通話の掛け直しを待ってたりで、そうじゃなくとも落ち着かない、そんな中、北川景子のLINEメッセージが新しいドラマのスタートに合わせて尚更にいつも以上に多く入って来てて、さすがに通知もなにもジャマんなってしまい、北川景子に申し訳ない、でも時が時、しょうがない、病院の庭とか廊下とか歩きながらスマホいじくって、LINEのメッセージ消すのって、通知オフるのってどうやんだっけ?と慌ただしくして、ようやくブロックすればいい、ブロックするやり方もわかり、いつも以上に急いでるから焦ってるからまあなかなか正解に辿り着きゃしない、けど、なんとかはなり、惜しいかな、北川景子からのメッセージをストップさせてもらっちゃったよ。その日から。(その後も特に理由もなくまだ復活はさせてない。飽きちゃった?とか云わないで。飽きやすいんだよ!開き直り)
でもって、母親には母親の方の兄姉方面、それでおれはいとこに一人電話して、父親方面にみんな報せてくれと頼み、そっちはそっちで用を足し、そしてようやく妹へと電話が通じたのは夜の八時半くらい、アメリカじゃ朝の7時半とかそれぐらい。
LINE通話のは結局通じず、LINEメッセージも既読にはならず、なので、登録はしてあってもまだ1回も掛けたことのない国際通話で、家電へと。したら義弟っていうのか、妹の旦那が出て、うちの父親がさっき死んじまってさ、妹出してと、そんで妹にはお父さんが死んじゃってさとようやく告げ。
でも妹も朝イチで唐突過ぎて意味わかんなかったろうなあとは思うが、まあそれで、お母ちゃんが妹と話したいってんでちょっと代わったりして。
ともかく通じた。妹へと連絡が出来て少しホッ。

2015年の夏 Pt.1

2015年の夏に父親が死んだ。
今から5年前か。
享年82。
おれはそのとき52歳。
そのときにFacebookに書いたものがあり、それを編集したのが以下。

 

 お父さん死んじゃった。
先週の木曜日。7月9日。
急だったけど、急でもなかった。
しばらく前からそんな予感はずっとしてて、その延長線上で、なんていうか、その日が来たかなみたいな。
当日はおれは仕事はわりかし早めに終わって午後休みたいになったんだけど、それでまっすぐうち帰る気がしなくて、どうしようかなあって思い、地元のスーパー銭湯へ行った。
行くのひさしぶりだった、ずっと行ってなかった。
その日は雨で、気温も低い日で、野天風呂ってやつでは少しく雨が顔にあたったりしてた。
でもなんかのんびりと入って、それに出てからが結構長くラウンジ(?)にいた。畳敷きだし、ラウンジってゆわないか。
なんかあんじゃん、そういう休憩所。メシ食ったするの。
そんでひさしぶりなんで、恒例の、お約束の、白牛乳ですよ、飲んでました。
そんでうち帰って、4時半ぐらい?それからは直で自分の部屋行って、それから5時半ぐらいには下降りて台所行って、お母ちゃんがなんか夏野菜の炒めもの的なもんをおれがこの前買ってった本、夏レシピみたいなやつ見て作ったって言うんでそれ食ってた。
でもなんかあるとあれだし、ビールとかは控えて飲まないようにしてた。
というのも前の日ぐらいからさ、お父さん、調子わるくて熱出してたりしたんだよね。悪寒がするとか。
我が家はみんな丈夫で、基本、熱が出るとかってのがまずない。
前の日の夜もお父さんは具合わるくて、夕飯んとき喉痛くて食えないとかそんな風で、なので風邪かなあ?みたいな感じだった。
でも普段から健康には気をつけてるってか、医者とクスリはコンスタントに欠かさないので、デブだけど、いろんな数値は安定してて、特にどこがわるいってのがなかったりもして。
なので、まあだいじょうぶだろうみたいのがどっかであった。
ほいで、だからおれがお父さんの姿見たのはそれが最後かなあ?
ええとそれで、まあ当日だ、メシ食い終わるとおれはそのまま2階に上がってインターネット見たりしてたわけだよ。
したら、どたどたと母親が2階上がってきて、お父さんがヘンだと、倒れてるから、みたいに言ってきて、すぐ下降りて、寝てる部屋行ったら、おとっつぁんが布団から出てすぐのところにうつぶせで倒れてた。
おれはこういう時どうすんだっけ?とか思いながらとりあえず、仰向けにしてみたら、すっかり死んだ風には見えたけど、よくわかんないけど、とりあえず胸圧して人工呼吸の真似事みたいのしてみた。
一応、職業柄習ったこともあったんだけど、まあ大してちゃんと憶えてるわけでもない、闇雲だよね。胸をグイグイ。
あと、おとっつぁんの両頬叩いてみたりね。「お父さん」「お父さん」て呼びかけながら。
でも初めに見た時点でもう手遅れ、とっくに事切れてんのは見て取れてた。
なのでムダと知りつつ、みたいじゃあった。
そいでそのままおかあさんには「119番!」って呼びかけて電話させて、したら思ったより早く救急車来たね。
いわゆる救急車と消防車みたいの。早かった。
おれは仕事柄救急車呼んだこともあるけど、あんな早く来た感じなかったなあ。
まあ家人からの直接の電話で、しかも意識も何もないって呼びかけじゃあったから、ちょっとそういう場合は特別なのかな?
救急車呼んだの、結局夕方の6時11分。これは後で警察の人に時間教えてもらってわかった。
でだ、おれは胸圧したり、あと、口に口つけて息を吹き込んでみたりもしたなあ。
そんなキスみたいなことなんてね、したことないよね。お父ちゃんには。でもそんときの印象的だったのは口がまったく臭くない、無臭ってことだった。無臭。
なんか匂わないのが、死んでる、みたいな感覚がどこかでおれにはあった。
顔全体は赤く、それにチアノーゼっぽく紫がかってもいたと思う。
そうして救急隊来るまでに、おかあさんには「着替え、用意して!」って云っといた。
2、3回の救急車呼んだ事ある経験からすると着替え持ってきてくださいって云われるんだよね。それで。
でも意味ないなあとも思ってたけど、一応ね。
ほいで。

救急隊、いっぱい来たなあ。
10人ぐらいとかそういうレベルでいた。
まずはAED。
それから胸圧したりの人工呼吸。
でももちろんなんの反応もない。
そいでもって、お母さんは救急車いっしょに乗って近くの救急外来まで。
うちの近くにさ、数年前に出来たでっかいきれいな病院があんだよね。
ドラマや映画のロケでもよく使われてる。
だから医療ものとか見てると「あ。あそこだ。あのピアノとか、あの絵とかそうだあ」とか思ったり、あるいはクレジットで確認したりしてる。

 うちはさあ、そんなわけで病院には恵まれてるんだよねえ。
大学病院が歩いても行ける距離、歩くと10分、15分でいけるとこがあるし、その系列で別に上記の救急医療対応の病院はあるし。
救急医療対応の方はさ、あれだ、最新設備の整ったすげー病院なんだよね。
あれだ、みなさん憶えといてください、年取ると、でかい病院が近くにある、それがすごい役に立つんですよ。なにかと便利。近いと。近いに越したことはない。いざというときラク。
見舞いとかもさあ、近いと気楽なんだよねえ。ひょこっと行ける。気ぃ遣わないで。
だからうちの母親が大腸破裂して入院した時も毎日見舞いに行ってたもん。おれも父親も。毎日行ける、行きやすい。まるきり地元だから。
いまのここに住んだのは偶然だけど結果的によかったな。
病院が近いってほんとありがたいわ。
しみじみ。
んで。
その救急外来におれは後から自分のクルマで行くことに。
行く前に救急隊の人に「焦らず来てくださいね」みたいなことゆわれたなあ。
あたりまえなんだけど、やっぱそう云われることの心理的効果は大きいと思う。ありがたい。
やっぱちょっと上の空んなるよね。そうはいっても。
あと、おれんちからだとその病院までクルマでせいぜいが10分で着くんだよねえ。ラク。簡単。
病院近いの、ほんとありがたい。
それにおれのいつもの通勤コースだし。うちからはその病院へ至る大きな道路出るとただまっすぐ行きゃいいし、運転的にもラクチン。
いいでしょ?
あとあれだよねえ、両親が年老いたら、クルマは必須だなあってほんと思う。
幾ら都内に住んでるとしてもね。
年寄りはドアtoドアじゃないとさ。クルマで。
運転できるようになっといて、ほんとよかったってつくづく思う。

病院着いて、その日は小雨、着いた時も少しだけは降ってたけど、傘は要らない程度。
駐車場クルマ置いて、病院へ。
もうそういう意味では通常の営業時間は過ぎてたので、コンシェルジェ行っても受付のお姉さんが案内してくれたりはなくて、警備のおっさんがいるだけだけどさ、おれも52歳なんだよねえ、ヘタすりゃこういう場合おれのが年上の可能性ってのもあるけど、警備とかの人は大概定年迎えてからだろうから、おれよりは上だったはず。(なんだよその情報w)
受付から救急外来まではおなし1階じゃあったけど、ちょっと距離があった。警備の人に聞いてマップにマーカーしてもらってまっすぐ向かった。
まあ向こうも教えなれてんだろうねえ。
ほいでその場所へ行くとお母ちゃんがいて。
なんか座って待ってた。
そのあとどうしったけなあ?たぶん間もなく、看護師さんかなんかが来てその場にある小部屋案内されて軽く説明受けたんだったか。救命処置してます、みたいな。
でももう意味ないのはおれもおかあさんもわかってたんで、ある意味安心(?)ていうか、揺れがなかったかもね。どっちだろう?生きてて欲しい、頼む、みたいんがもうなかったから。
結果はすでにわかってたから。
それでまたしばらく待つと今度は医者に呼ばれて状況説明。
いま救命処置してます。してるけど反応はないです、みたいの。
うちらはそれで、ハイハイとごく素直に納得して、また部屋へ戻る、みたいなね。
小部屋で、でも息つまるんだよねえ。
なので外出てソファーに座ってみたり、あとどこの時点だっけか?看護師さんに「あ。エアコン入ってなかったですね」ってことでエアコンつけてもらって、したら過ごしやすくはなった。
やっぱ上の空っちゃ上の空なんだよねえ。
いつもなら、自分でさっさとエアコンとかつけてるもん。おれとか。むだに忙しく。その点じゃ。
でもエアコンあんのにぜんぜん気づいてなかったわけだから。
でもまあ、殺風景な小部屋であることには変わりがないわけで。
それでいよいよこっち来てくださいって云われて病室(処置室?)行くと救命処置してて、そこで医者から、反応はゼロだし、こちらの画面もフラットなままだし、どうしましょう?みたいなことゆわれて、二人してせっかちなおれと母親ははいはいわかりましたと受け容れますと。
したら平成27年、2015年か、7/9(木)、19:05死亡確認、と。
まあ死ぬのは、ってか死んでんのはもうとっくにわかってたしねえ。
でもあれだよ、幾ら見た目に死んでるのが見て取れてても救命処置すんのが向こうさんの役目。
大体、うちに着いて本人見た時点で、ああもう終了だなってあっちもプロだし、いっぱいみてるわけだしわかったと思うんだよね。
でもそれでも万が一に掛けて救命処置はする。それが仕事だ、あたりまえだ。ありがたいぜ。
おれも最初はむしろ救急隊うちに来て、AEDとか救命処置始めたんでちょっとフシギな気がしてたんだよね。
だって死んでるし、みたいな。
でもするよな。あたりまえだ。
病院着いてからも、だから30分以上は確実に救命処置続けてたんだよなあ。きっと。
おれも母ちゃんもあきらめ早かったからね。けどでも。
最初の時点で、アウトって答え出してた。とっくに。
たぶんいまから思えばおかあさんが午後4時過ぎに部屋へ戻るお父さん見てから次に部屋へ行くまでに1時間半から2時間くらいは間があって、その間は台所でもっぱら夕飯づくりしてたから、なので、ほんとに死んだのは、起き上がろうとして倒れたのは発見する30分も1時間も前だったんだと思う。

 

「ありがとう」

父ちゃんはしかし、この半年?くらいは特に活力が落ちてた。
それのいちばんはなんといっても毎日やってたごはん作りをしなくなったこと。
それは大きい。すごく大きい。すごく大きい。
だから夕方お父さんが台所にいなくて、お母さんがごはん作ってることが多くて、っていうか、そればっかで、しばらく前にそのことに気づいてからずっと不安だったんだよね。
ほんと不安だった。
だからいつだったか台所にお父さんいて、ごはんの仕度してんの見た時はホッとした。
ああ、お母さんにもやらせよう、いずれはおれがいなくなったときのために”みづほ”(おれのお母さんの名前)にもやらせとこう、習慣づけようみたいなあれかなあって。
でも、それもそんときだけだった。
もう気力、活力が落ちてたんだ。
なのでおかあさんばっかが台所立ってた。
そんときはだからたまさか、お父さんがやってただけで、すぐに母ちゃんに戻っちゃったんだよね。ごはん作りが。だから。
あと、去年?一昨年からすでにそうだったか、毎年秋の恒例のうちの庭に生えてる栗の木から取ったクリで作る栗の渋皮煮もなくなっちゃってた。
あれ?って思ったんだよね。今年、渋皮煮ないじゃん、あれ?どうしたの?って。
それでおれはうちのことにもっぱら疎いんで気がついてなかったんだけど、そもそもがその栗の木自体、シルバーに頼んで切っちゃって、なくなってた。いつの間にやら。それが去年か一昨年かは鈍いおれにはわかってない。
死んだ後で誰彼におかあさんが「庭の手入れもこまめにしてたんだけど、しなくなっちゃったんだよねえ」みたいなことゆってたなあ。そいでわかった。
そう、活力がなくなってた。
おれはさ、午後の2時、3時ぐらいからさ、お父さんが「相棒」の再放送とかつけて台所でずっとごはん作りしてんのが好きだったんだよね。
なんかすごく安心するものがあった。
ほんとにおとうさんは料理が好きだったから、買物も詳しくて、どこの農協のあれが安いとか、市場でめずらしいもんあるから買ってきたとか、そんなふうで、あとメニューに困ってんのも見たことなかったなあ。
ほんと好きだったんだよね。まったく飽きないし、毎日毎日。
だからおかあさんの方はまた逆に買物もそんなしてなかったなあ。2人していっしょに買物行くことはあったけど、どこが安くてなにが幾らでってのを把握してんのはもっぱらおとうさんの方だった。
そんでごはん作ってるすぐそばの、台所(ってさっきから言ってるけど、まああれだ、ダイニングですよ)のソファーに横になってなんとなく寝てるのがおかあさんで、おれはその景色が好きだったなあ。
平和、って感じ。安心する。
おれは仕事柄、よそんちよく行くじゃん。
そうするとみんな母親がもっぱら料理してて、おとうさんのほうはTV見たりしてんだよね。
それがおれには逆にフシギでさ。
あれ?おとうさん、なんもしないの?って。
うちは逆だったもなあ。母親がなんもしない。ソファーに寝てる。
でもさ、あれだよ、うちの父親はそうしてごはん作りとかは率先してやんだけど、しゃべるとうんざりするようなことばっか云うんだよね。
なので、そのへんはむずかしい。
でもうちの親見て思ったのは、考え方や云ってることに多少歪みがあっても行動の部分がマシなら、まあそれはそれで、って。
少なくとも夫婦間においてはなんとかはなんのかなあって。
おかあさんに対してもモラハラなことはしょっちゅうゆってたよ。
まったく褒められたもんじゃないし、おれも妹もおとうさんのそういう点はだいきらいだった。
暗くて。
卑屈なんだよね。コンプレックスが強い。
TV見てて成功してる人間のことやたらわるく云うみたいなタイプ。
でもおとうさんはわかってなかったんだよ。
そうして毎日あたりまえにごはん作りすることがどんだけ立派なことか。
あと、おれでもおかあさんでも、しょうゆ差しのひとつもとって「はい」って渡すと必ず「ありがとう」って云うんだよね。
あの年(82)で自分のかみさんにあんな素直に「ありがとう」が言えるなんてすげーいいと思うよ。
なのに一方でおかあさんにモラハラなことも言うしさあ。
父ちゃんのごはん作りでおかしかったのはおかあさんがたまにTV見ながら、グルメ番組みたいの、「天ぷらが食べたいなあ」とかゆーんだよね。
それってさりげなくお父さんにリクエストしてんのw
それでちゃんと次の日、リクエストしたもんが出て来たりしてさあ。
そういうの、いいなあっていつも思ってた。

それでどこまでだっけ?
まだまだ長いよ、ってか書き続けたい。
死亡確認はあって、でもあれだ、みなさんご承知おきの通り、最近もネットで話題んなったけど、救急車呼ぶと警察案件になるじゃない。
なので取り調べられましたよ。おれもお母さんも。
事情聴取。
若いメガネ掛けたお兄さんだったなあ。
でもやさしい感じだった。
段取り、手続きなんでごめんなさいって感じがあって。
まあねぇ。
向こうだって事件性のありやなしやぐらいはわかるし、身内死んで悲しんでる時にそんな不粋なねえ。
まあしょーがない。お仕事、お仕事。
おれもだから最近のその話題と、あと職業柄、警察案件になることはわかってたから、まあいいです、手続きだし、つきあいましょう、と。
かあちゃんにもだから、まあこういうもんだからと説明はして。
それで特定の死因みたいのが血液検査とかもしたけど、医者の方でもわからないままだったので、ドクターからの説明でだったかな?司法解剖?します?どうします?みたいに云われて、でもおれも母親も来る時が来たって思いだったので、いまさらいいよぉという感じで、警察の方も事件性ないのはわかりきってる状況なので、遺体はじゃあこのままでってことになりました。
あとあれだ、現場検証。
おれが病院に残り、第一発見者の母親が自宅へ警察と共に。
パシャパシャ写真撮ったりしたとか云ってた。
それでその帰り、玄関のカギを閉めようともしないうちの母親に警察が戸締まりちゃんとしてくださいって云うとうちの母親は「これでだいじょうぶです♡」とか云ったらしくて、ばかだねえ、警察に戸締まりしなくてもいいですって通じるはずないじゃんねえ。もぉ、ほんとw
うちはさ、あんまカギかけないみたいな習慣でさ、長いこと。
でもそれを警察に主張してもねえw
でもまあ、もう父ちゃんもいないし、これからは余計な不安やトラブルを抱え込みたくはないんで、もうカギは掛けるゼ。
お母さんにもしっかり伝えた。

 

遺体の帰宅

 まああれだ、初七日とか新盆とか云われてもなんのことだか意味がわからないので、せいぜいググって「へー。」って思うぐらいだ。
信心、ないんだよねえ。
うちはさあ。
おれは儀式的なことは興味ないし、苦手だし、母親も校長先生の話聞くのつまんない、みたいな感覚で一般的な葬儀とかが苦手だし。
そして肝心の当の本人、うちの父親はそもそもが宗教とか葬式とかだいっきらいだったし、まあ「葬式とかすんな」みたいなことはよく云ってた、けどまあなんもせんわけにも行かず、プロにお任せのがラクなので、今回はあれですよ、いっちゃんシンプルな通夜も告別式もないやつに、家族葬?みたいのんにしたわけですよ。
いまは便利だよね、インターネット。
なので7/9(木)病院に運び込まれた後、待合室でとりとめなく、文字通りほんととりとめなく、ただ、おれはストレス感じたり、調子わるかったりするとしょーべんが止まんなくなる癖があって、その日もほんとすぐそこのトイレに10分ごと、5分毎ぐらいには行ってて、ほんと落ち着かなかったなあ。
しょーべん近いのつらい。めんどくさい。
でもって病院から遺体を自宅へ移送するには葬儀屋ですけど、病院の方で紹介できるとことでどうですか?いいですか?と問われたんで、まあ考えんのもめんどくさいんで、じゃあそれでいいです、けど、以降の葬儀についてはこちらで考えます(おれとしてはもうめんどうだし、頭もまわんないし翌朝あらためてなんとかしようみたいな考え)ってことで宿題持ち帰りみたくして、でもスマホで近くの法要殿ググったらそれついでに「イオンのお葬式」ってのが出て来て、おれ、イオンカード持ってんし、この手の大手のあれなら料金もお手頃、お値打ち、明確明瞭じゃあないかとこれにすっかなと検討はつけておいて。
でもって翌日の朝には結局、朝の7時前くらいだったかな?スマホでその「イオンのお葬式」ってのをポチッとタッチしてTEL。あとは電話に出た係の人とお話、聞かれるままに答えて。
したら9時以降にまた連絡します、「イオンのお葬式」の方でチョイスした葬儀屋紹介しますみたいなこと云われて、いや、9時半ぐらいにはもう葬儀屋が行きますみたいに云われたんだっけか、まあとりあえずそんな流れで。
「火葬式」コースってのにはして、したら19,8000円。
あとはオプションで日程が伸びたりした分遺体安置とかに別途料金掛かったりってのはあったけど、それは覚悟の上、でも安かったなあ思ったよりか、ってか、ほんと料金は明確じゃあった。助かる。
「イオンのお葬式」、オススメ!です!(ステマ)
病院からの自宅までの遺体移動は別の業者だったけど、ちなみにそいつは4,5000円。
それはまあ急なことだし、そんぐらいは掛かるんじゃね?みたいんであれでしたよ。

結局夕方6時過ぎに救急搬送、それから最後病院出て自宅戻ったら0時半ぐらいだったかなあ?
お母さんが葬儀社のクルマで遺体といっしょに帰宅、おれは自分のクルマで後を追うみたいな。後着いてったわけじゃなくて、おれは救急病棟から割と距離ある駐車場まで歩き、それからクルマだったからちょいと後じゃあったけど。


 病院で、夜7時5分での死亡確認の際、ドクターからご家族の方、どうぞお別れをみたいなことゆわれたけど、おれもおかあさんももうとうに死は受け容れていたんで、あとそういうときどうしていいかわかんねってか、気恥ずかしいみたいのがおれにはあって、おれは軽く腕を触るぐらい、かあちゃんは特に近づくでもなく立ってただけ、みたいな。
そんな抱きついて「お父さん( ;∀;)」みたいのはちょっとね。まあそうはなかなかするもんでもないよね。多勢に無勢、ドクター&ナースィズのが数が多いわけだし。
そもそもそういう時の振る舞いがわかんないし。
あと受け容れてたから、せっかちなおれたちは「はいはい」みたいなね。次、行きましょう、みたいなね。
うちはさあ、お父さん、デブで重いんだよ、正確には何キロとかは知んない、でもデブには相違なく。
ほいで自宅前で遺体積んだ葬儀社のクルマが待ってて、おれが後から着くとちょうど外へ出したとこで、ストレッチャーのそれで。
で、葬儀社のおにいちゃん、おれよか確実に若い彼氏とおれと、人手はその2人きり、おにいちゃんに私が上を持ちますから、足の方を持ってくださいってゆわれて言われるがままに足の方持って、まあタンカだよね、その上に載ったそれを、せいのっ!で、持ちゃげて、窓から部屋ん中へ移動。
おにいさん、ちょいとたいへんそうだった。気の毒。
重いからさあ。
あれで後から腰でも壊してなきゃいいけどってその時点で思ってた。
あんなデブ、2人きりでもちゃげて部屋へ移動ってのはたとえその間の距離が短いとは行っても暗い中、たいへんだった。
まあ危うくもなくささっとできたけどさ。
おれは仕事柄、なんつか人を持ち上げんのは馴れてんし、腰は丈夫だしさ。
でもおれみたいに男手がなかったら、葬儀社の方で2人来たりすんのかなあ?その分料金嵩むのかなあ?とかちょっといま思った。
あと団地とか遺体の移動って、すげえ大変だ。
うちなんか一軒家だし、1階の窓からすぐに部屋だからある意味ラクじゃあったと思う。
団地とか、大体エレベーターもなかったり、狭いし、階段あるし急だしねえ。
でもそういう場合は考慮して判断して即日に安置所移送とかなのかなあ?もしかして。
自宅へ遺体置くにはある程度条件クリアしないとだしさ。

うちはあとそうね、坊主も頼まないし、戒名もつけないし、みたいんで、その分がだいぶんお安かったと思う。
通夜、告別式ないから、食事とかのあれもないし。

 

ごはん作り

 お父さんはごはん作りだけじゃなく、一時は洗濯もしてた。
そのうち膝だったりかが痛くなったりで、歩くこと自体つらいみたいんなって洗濯物干しに2階まで上がるのができなくなるまではしてたな。
おかあさんよりも干し方もたたみ方も丁寧だった。
まあうちのおかあちゃんはなんにつけ雑、だったりはするんでね。
でも自分のかみさん元気で、介護とかそういうんでもないのに自ら洗濯するって昭和8年生まれの男子としちゃ大したもんだと思いますよ。それとごはん作り。
そういう風に家事やるとこが、おれは大好きだったなあ。リスペクトできるっていっつも思ってた。
でも当のお父ちゃんは立身出世みたいのんができなかったことばかりが悔いでコンプレックスで、そっちばっか気にして向いてて、そのぶんすごくいつも卑屈で、わかってなかったけど。自分のしてることがどんだけ立派なことかが。
お母さんの、ってか自分のかみさんのパンツ干したりたたんだり、なんの苦もなく、特に取り決めしたわけでもなく始めてたんだから。
そんな男、いないだろ?昭和8年生まれでさ。
えらいじゃん。
いいとこなのになあ。
わかってねえなあ。当の本人が。

 

リプライズ

 今日はすずしい。
昼間は雨、すごかったけど。
これで、でも妹たちが帰る日、日曜にはもう天候の心配ないな。それがありがたい。無事成田から飛び立てる。
ちょうど先週の今日のいまごろは病院の小部屋でまんじりともせず(このフレーズ、遣えた^o^)、ただただ待ってましたよ。時間が過ぎるのを。
結局夕方6時過ぎに病院に入り、帰宅したのが0時半とかだから、ほぼ6時間はいたなあ。
その間警察の事情聴取とか母親が一時帰宅しての現場検証とかはあったけど、大半は部屋でじっとしてただけ。
じっとっていうか、落ち着かずになんかね。
おれなんか特にしょーべんが止まらず、ほんとあれはつらかった。
ストレス、なんだろうなあ。
次の日にはそこまでのことはなかったからね。5分、10分に1回のおしっこだなんて。
でもって帰宅して寝るわけですが、朝までまったく寝れやしねえ。
おれもおかあちゃんも。
帰りが遅かったし、いつもとはちがうわけだし、明日からのことも心配だし、とてもじゃないが落ち着かない。
それにおれもいつもならツイッターでも見たりして時間つぶすとかだけど、ぜんぜん、見る気になんかなれやしねえ。
それは病院でのひたすらの待機の時でもそう。
気が向かない、んだよねえ。そんなときは。
なんも関心持てない。
あと、父親が死ぬとかだと関係者に連絡せにゃならんわけだけど、そういう場合、まずは職場へ連絡しなくちゃなんないのがなんとも味気ない。
急にこんな感じなんで明日からしばらく休みます、って。
そういうのなんか、ねえ。
気持ちとしては仕事とか忘れてたい、それはまあふだんでもそうだ。なのにえりにえってこんなときはなおさら。
どうせなら親しい人間に連絡してからにしたいよ。
でもそうも行かねぇ。もうすでに夕方だったし。
なので、おれは病院の駐車場へ着くや、すぐにクルマの中から職場へとは連絡したのでした。
遺体がうちに着くと、葬儀屋のおにいさんが布団に横たわったうちの父ちゃんの身体にドライアイスくっつけて冷やすようにしてた。
ああそう、そもそも病院出る前に処置室での死亡確認の後、また待って、それで霊安室へとは呼ばれて遺体とあらためて対面。その際には葬儀屋の方で腕の方を整えたりとか、あと着替えも済ましてくれてた感じ。
着替えはうちから出た後に母親に用意させた着替えをおれが後から自分のクルマに積んで持ってったのを使用。
甚平をさ、持ってったさ。いつも着てたやつ。デブだし、似合ってたそれ。
したら当然下着類も持っては行ったけど、結局それは必要なかった。あれだよ、オムツをつけるんだな。パンツじゃなくて。こういう場合。そういうもんみたい。
でもって霊安室でドクターが献花とかしてくれて、おれと母親もそうするように促されたんで一応はしたけど、おれもかあちゃんもそういうの、あんま興味ないってか、形式っぽいの苦手で、なんかちゃちゃっと云われたからやる、みたいな感じじゃあった。
なんかさあ、だめなんだよねえ。そういうの。ほんと。
演技っぽいことがうまく出来ない。

翌朝、ぜんぜん寝てなかったけど、4時半?5時くらいには横んなってんのがめんどうんなって勢いで起きた。
そいで朝の支度、顔洗いとか歯磨きとかしたんだと思う。
あれ?フロも、ってかシャワーもしたかも?
そんでパン食ったな。一枚だけ。食いきれなかったけど。
ちなみにその日の昼は冷凍の、チンして食う日清焼そば。これは美味いし安いし簡単なのでオススメ!です(ステマPt.2)。
おれはそんなわけで朝昼晩とそれなりには食ってたけど、お母ちゃんはこれはもうまったく食欲がなくて一口も食えやしないってな感じだったなあ。
でも沈んでるとか、悲しいとかじゃなくて、混乱してるっていうかね。落ち着かない、っつうか。なんせ初めての経験ですから。
そんで何時ぐらいだっけ?たしか9時半だ、そうだ、イオンのお葬式がチョイスしてくれた葬儀社の人が2名、男女のそれがやってきた。
それで葬儀内容の説明やら、あと遺体の状態を確認、ドライアイスの入れ直しとかだったかな。たしか。
あと、線香とかローソクとか、それらを置く台とかを一式、持ってきて誂えてくれた。
そんな発想、我々にはまったくなかったね。大体が。
へー、って感じ。
あとあれだ、おれ、その9時半に葬儀社の人たちが来るまでに洗濯しちゃおうとか思って洗濯してたわ。
そもそもが起きたの早かったからヒマじゃあったし。
天気もその日はそんなよくなくて、なので、洗濯機に自分のもん掛けると、終わるとその足でいつもの馴染みのコインランドリーへ。
そこはいつも行くことで。天気わるい場合に衣類の乾燥のために。
でもいつもなら音楽聴きながらついった見たりしてんだけど、さすがにその日は、洗濯物乾かすほんの30分ほどの間もまったく落ち着かなくて、気持ちの持ってき場がなくて、うろうろうろうろしてた。とてもじゃないが座ってても落ち着きゃしない。
あれ?たしか朝のうちはまだ暑かったんだっけか?
それもあって、コインランドリーの中が暑かったし、でも外出ればまた暑いし、行ったり来たりしてた。
で、葬儀社の人来て、話してなんとなく一段落。
だって葬儀とかぜんぜんわかってなかったし、そもそもが朝イチで「イオンのお葬式」へ掛けるまではまだ迷いがあったし。
なので、ようやく具体的になって、あとはプロにお任せでいけんべと思えて安心したんだな。きっと。
でも気が落ち着かないのはそのままいっしょで、それでもって妙にヒマだし、でもTV見る気になんかなれないし、ネット見る気にもなれないしで、余計、ヒマ。
でもさ、あれだ、たしか午前11時ぐらいだったかなあ?すぐ近所の、うちの親と同年代の夫婦がいて、その奥さんが玄関に現れてくれて。ピンポンと鳴るから、どなたかと云うんで出たら。
昨日、救急車とか来てたけど、お父さん、どうでした?みたくに聞かれたんで、おれはすぐアウトでした、死んじゃいました、みたく答えて。
あれだ、「亡くなった」って言い方に違和感あるんで、おれは「死んだ」って言いたいのでそんときも「死んじゃいました」みたいに云った気がする。
親しい人間にそんな「亡くなる」だなんて他人行儀なこと、云えるかい。
人は「死ぬ」んだよ、「亡くなる」わけじゃない。そんなのは会社とかで遣えばいい。
おれのお父さんはあくまでも「死んだ」のであって「亡くなった」わけじゃない。
(ってな拘り方はある種、父親譲りなんだよなあ。結局は。自分の感覚、考え方みたいなもんに固執しがちなとこはさ。おれのがインテリだけどね。でもね、そうはいってもね。でもさ、いっしょさ。どっかでね。父親とはね。似ちゃう)
それでだ。
閑話休題。
すぐムダに熱くなる。
いいことはない。
それで損ばかりだが、そんな人生ですよ。
しょーがなし。
仕方がない。
それでその奥さんが来てくれて、その人はお花の先生もやってるんで枕花(これまた我々の知らない情報w)と梅漬け(甘く漬けたそれ)を持ってきてくれて。
したらさあ、すごく助かったんだよね。我々親子は。母親とおれとは。
梅漬け、そう、お茶うけだなんて発想自体浮かびもしない、でもその梅漬けは後々もすごく役立ってくれてさあ。来客のあるたびに。
それに口火を切ってくれたんで、その奥さんが、すごくすごくありがたかった。助かった。
人って、ありがたい。
そうして誰か来てくれる、そのことがどんだけありがたいか、ほんとに今回は身に沁みてよくわかったよ。
その後も続々と近所の人たちが来てくれたんだけど、そのことでどれだけ助かったか。
ほんと気が紛れるんだよね。
動けるようになる。気持ちの持ってき場がとか考えなくて済むようになる。
葬式って忙しいことの効果って、あるんだなあ、と、いまは学習してる。
あとさ、近所の人たちは、だいたいがべつに呼んだわけでもなくて自然に来てくれたんだよね。それがよかった。ほんとよかった。
だって義理やつきあいじゃなくて、ほんと気持ちで来てくれてるんでさあ。
ありがたいよ。ほんとに。
うれしかった。
あと、意外とうちのお父ちゃんが人望があるのがわかったのも収穫だった。
まあ、外ヅラがいいってかね。うんw
老人系サークルで「ペタング」ってスポーツやってたり、麻雀してたりで、その仲間たちが来てくれてさ。
つい2、3日前まではその手に参加して元気じゃあったんで、みんなには意想外の出来事でもあって。
同年代の、それも比較的元気だった人間が突然死んじゃうっていうんじゃ、みんなショックだよね。そりゃ。我が事も考えざるを得ないだろうし。
うちのお父さんはさ、「ペタング」とかによくなんか作っちゃ持ってったりもしてたんだよなあ。料理が得意が、そういうとこで活かされてた。
あと、あれだよ、ほんの3年前(?)ぐらいまではテニスまでしてたからなあ。
テニスはもう20年?30年?とかそういう長きに渡ってこの町のサークルでずっとしてた。
なんせ運動神経のいいデブだからさ。ほんと。典型的な。
スポーツ大好き♡な。息子のおれはその点、からきしなのにねえ。そこは遺伝、なかったな( ;∀;)
ほんと急死だったから、だってあれだ、なでしこの試合とか見てたからね。朝。おれが起きてキッチン行くと。
あれって何曜日だったっけ?
ともかくそれぐらい、ふつうだったよ。ほんと直前までは。

(妹はアメリカ人と結婚して、今はアメリカ在住)

 何ヶ月か前、「あまちゃん」全編をBlu-rayに落とし、アメリカへ送ったが、元々は甥っ子の、特に次男のリクエスト、したら、先日来た際「あまちゃん見れた?」って妹に訊いたら我が家ではあまちゃんブームが来てあまロスとかで、したら甥っ子(3男)が「暦の上ではディセンバー♪」と歌い出した。
だいぶん遅れてあまちゃんブームが来てたらしい。
そんなわけで。

妹とゆうべ話してて、おれが先だって三原順のムック本を送ったんでそんな話をしたが、ただその本の到着と父親の訃報がほぼ同時だったんで本読むとかそういうんでもなく慌てて支度して日本来なきゃいけなかったわけで、それでもって、おれがこの春、神保町で開催されてた三原順展へ行った話などすると妹はさすがにそのためだけに来日するわけにも行かず、行けはしなかったが、妹の友達は見に行ったらしくそんな話してた。
おれよか三原順は妹のが熱心に読んでたんだよな。
おれはほぼ「はみだしっ子」止まりだったし。
なんで神保町のそれ、妹には行って欲しかったけど、まあしょうがない。
それで三原順作品は我が家に置いてあるんで、妹はたぶん今回「はみだしっ子」ぐらいは向こうへ持って帰るはず。
それで上記のムック本と合わせて読むことにはなるのでしょう。
あと、そんな話のついでに(さっきから「話が」みたいなフレーズが続いてる気がするが読み返さずずっと書き続けてる)、おれが送ったTV番組のBlu-ray、その大半はドラマだったけど、そん中で「青い炎」がウケたと云ってた。
なんでも特にオタクな友達がいるらしく、その子にそのBlu-ray渡したら「おにいさん、すごいね☆」って褒められたらしい。
いい傾向だ。
もっと褒めて欲しい。

 

「彼女は頭が悪いから」(姫野カオルコ)東大ブックトーク(捕遺)

 ガラスの仮面の告白 (角川文庫)

ガラスの仮面の告白 (角川文庫)

 

「愛とは決して後悔しないこと」

【問題】
映画「ある愛の詩」に於けるハーヴァード大の描写で間違っているものを3つ以上挙げなさい。


Scenes from "Love Story (1970)"

「ソーシャル・ネットワーク」とか「ある愛の詩」で「ハーヴァード大はこんなんじゃない!ディテールが間違ってる!」みたいのってあったんだろうか?

サンタクロースの年越し。
モチがヒゲにつく。
それですげえイライラしてコタツ板投げる。
あと、サンタの衣装がこの時期だから乾かない。
でも洗濯しないわけにいかない。
干してもずっと湿ってる。

東大ブックトークでの瀬地山氏の振舞い、ほんと単に「彼女は頭が悪いから」の東大disが気に障ったに過ぎないんだと思う。(ほんとは気にするようなことじゃないのに)

人の為すことに深い理由なんか大概ない。

特に下衆な振舞いに高尚な理由なんかぜったいない。
もうそういうの、経験則でわかってる。

(もちろん"経験則"ってことば、遣ってみたかったのです)

でもって、人ってのはそんなみみっちいもんだ、ってことから出発すんだよ。
それが"考える"ってことで、それが思惟する者の役割だ。
インテリとしての席を確保して、その責を果たすべし。
そしてやがてはエリジウム(昨日のアトロク↓で覚えた言葉)へと到達するんだよ。

晴れたる青空この先しらない

https://www.tbsradio.jp/a6j/

※ ベートーベンの第九特集で”エリジウム”って出て来た

 

ずっと前から思ってるけど、姫野カオルコ、韓国で出るといいのになって。
絶対、これはわたしの本だ、って思う人がいるはずだから。
(もちろん韓国に限らないけど、日本とも事情が似てる部分があるんじゃないかって思ってるから。旧弊な価値観と新しさの同居、軋轢、そこに上手く乗れない人)

すごくざっくりしたイメージで言っててあれだけどさ、ともかく、韓国で出て欲しい。
とりあえずは「彼女は頭が悪いから」でいい。いちばん新しいものから過去作品へ。

 

「彼女は頭が悪いから」東大ブックトークの事が文春オンラインに出たりもして、またちょっとだけ盛り上がってもいるが、おれもまだモヤることも言いたいこともあるし、頭の中を言葉が駆け巡りもして、けど、ツイートや記事で、そうそれ、って感じで言ってくれてるもんがあるし、いいかとは思いつつも、自分の言葉をしまっとくのもあれだし、思いついた順になんか書いてきゃいいじゃないかとも思い、いまのところおれはもっぱら"いきなり不機嫌"のみにテーマ絞ったことだけを書いており、それ以外は書いてないし、とはいえ、「彼女は頭が悪いから」の感想文で割と言い尽くした感もあったりで、でもなんつうか、そういうことじゃなくて、通じない人に通じないものかという思いがやはりどうしたってあって、けど通じない人には通じない。
だとしたら、なんの営為なのかとか考えちゃうが、理由とかそんなんどーでもいいな、言葉を出して並べてドライブさせる、それでいいじゃない、ねえ。遠慮は要らねー。でもって、ほんとは韻を踏んでラップで表現したいが、その才能がない。悲しい。


Roxy Music-Street Life (1973) HD

"Education is an important key, yes
But the good life's never won by degrees, no

Pointless passing through Harvard or Yale
Only window shopping, it's strictly no sale"

「彼女は頭が悪いから」(姫野カオルコ)の中の"東大"が対立軸(この言葉遣えて気持ちいい、たぶん人生初)になること自体ナンセンス(全共闘用語)で、東大とかほんとどーでもいいことでしきゃないのに、ほんとばかばかしい。
くだんねえ。
東大?そこじゃねえよ。
どこに目ぇついてんだよ。

"東大"なんて単に名前だ。他に幾らでも置換え可能なそれでしかなく、置換え可能な事にミソがあるし、いっそ"仮称:東大"とかでもいいくらいで、それがなんで現実の東大に遠慮しなきゃなんねーんだよ。ばからしい。くだらない。

現実の事件にインスパイアされて東大の名称使った以上は、現実の東大に遠慮しろとか、一体誰が決めたのか。なんだそのルールは。どこぞのマナー講師か?!

"東大"とか"ぴかぴかのつるつる"とか、そういうのは小説をドライブさせるための仕掛けで、その妙味もわかんないんだったら、そもそも何を読んでんだ。意味わかんない。字面追ってるだけ?リアリティってのは脳みその中で己で構築するものであって、東大さんに配慮してどうこうするものではない。

微細に入り組んだ権力構造や、小さな心の動きや、そういうものにコミットしてるのが「彼女は頭が悪いから」で、読んでけば心がざわざわすることもあるし、グッと来ちゃうこともあれば、場面によってはほんわかしたりもする。そのほんわかや喜びが、ごくつまんない日常の中で侵されるやりきれなさだってある。読みながら、そういうの感じないなら、情がなさすぎる。

論文でもデータでも論評でもコメントでもないんだ。これは小説なんだ。論理の組み立てやなんかから零れ落ちちまう、そういうもんをコツコツと拾い上げ、いつの間にやら、竹内つばさにも神立(かんだつ)美咲にも、あの人にもこの人にも、出会ってしまい、目撃してしまい、時に俯瞰から、時に主観映像としても経験する。

なんつかもうひとつ上手く言えた気もしないけど、でもさ、なんつかさ、でもさ。

あとさ、冷静に分析してる体のもんがいちばん頭に来んだよな。
そういうのって冷笑系と何が違うんだよ。ネトウヨとどこが違うんだよ。自称辛口かよ。毒吐いちゃいますかよ。
熱いパッションはねーのかよ。
この世界をどうしたいんだよ?
理想はねーのかよ?

まずは理想を語れ、話はそれからだ。そっからスタートだ。分析とかしてるヒマなんかあるわけない。いや、分析がわるいんじゃない。するなら熱い分析を!パッションをぶち込め!

とにもかくにも、かくにもとにも、自分の言葉で自分の理想を語らないのなら、何も言ってないのと同じ。
え?なに?「熱くなっちゃってえ」か?
「ヒューヒューだよ?ヒューヒュー、ヒューヒュー。あついあつい」って口にして良いのは牧瀬里穂だけに決まってんだろ。おまえじゃねえ。

 


ヒューヒューだよ.

 

タイトルだからキャッチーに"紛糾"ってなってはいても(この記事自体はいい記事)、実際んところは瀬地山角(せちやまかく)教授がホスト側としてはあり得ない態度でひとりで苛ついて不機嫌剥き出しで掻き回してただけで、トラブルメーカーがただ1人いたってだけだ。

東大生強制わいせつ事件で議論紛糾――小説『彼女は頭が悪いから』が果たした役割とは? | 文春オンライン

瀬地山教授は姫野カオルコの他の作品を読んだことがあんのだろうか?
もし、あったとして、あれだとしたら、どういうことなんだろう?シンプルにふしぎに感じる。

 

で、ずっと怒りモードだったんで気がつかなかったんだけど、瀬地山氏、せっかく姫野カオルコを迎えたのにすごくもったいないことしたのかも知れないなって。

ジェンダー論やフェミニズムという観点からしたら姫野カオルコ作品というのは掘りがいのあるものなはずで、仮に「彼女は頭が悪いから」への彼氏の評価が低いとしても、それは東大がどうしたじゃなくて、ジェンダーというものを考察していくには、この作品ではここが足りない、もっとこんな視点が欲しかった、こんな読み方も出来る、みたいな、なんていうか自分の研究に引きつける形での批判をして、むしろ批判的であるならば栄養として積極的に摂り込むぐらいな方向へもってけばよかったんじゃないかしらと。

それに当日までに当該作品以外にもせめて直木賞獲った「昭和の犬」や他の作品にも2、3は目を通して、いきなりの批判などではなく、立体的な意義のある質問を考えておけばよかったんじゃないか、そういう方向だってあったんじゃないかしらともいま、思う。

それにおれは怒りモードだったのもあって、瀬地山氏、あれじゃ自分の研究の根幹を自ら否定することんなって、この先どうすんだ?!と強い調子でも思ったりもしてたけど、それだけじゃない、せっかくの機会を失ったじゃないかって、なんていうか、プラスになる可能性だってあり得たのにもったいないことしたって。

せっかくジェンダー論という観点からしたら興味深い対象であるはずの姫野カオルコを迎えたのに、それを活かす事が出来ず、機会を閉ざしてしまったじゃないかって。

それだけじゃない、今回の件で瀬地山角という人に興味があった人にも今後、コンタクト取ろうって考えてた人もいるかも知れないのに、そういう人たちの心を閉ざしちゃったんじゃないか、コンタクト取るにも怖がらせてしまい、機会を喪失してしまったのじゃないかと。

もっともっとおもしろい展開だってあり得たのに、それを瀬地山氏自ら潰してしまったんじゃないか。もったいなくないか?

自らのジェンダー研究の中へと姫野カオルコ作品を導いて、研究の一助とすることも可能性としてあったかも知れず、さらには学生たちと授業の一環で姫野カオルコとの直接な対話へと導くことだってあり得た話で、そこからだって得られるもんはあったんじゃないか。したら、もったいなくない?

せっかく自分のホームへと今回姫野カオルコの方から訪れる事があったのだから、いい意味でその機会を利用して、自分のフィールドへと引き込んでもよかったんじゃないか?

機会損失、もったいない。
そんなふうにも今回、考えられるなって思った。

"東大"に自ら足元掬われてすっ転んじまって、肝心の"ジェンダー"がどっかすっ飛んじゃったんだよな。もったいないよ。ほんともったいない。(厭味で云ってるわけじゃない。ポジティブな可能性があれば、そっちを考えたいから。そうじゃなきゃ世界がつまんない)

 

そういや、ジェンダーだとかフェミニズムに関心があって姫野カオルコが視野に入って来てないとしたら、そういう人はどこを見てるんだろう?
姫野カオルコはフェミニズムを銘打って作品を為す人ではないけれども、女性として生きていて感じる小さな(この"小さな"が大事)ゆらぎを書き留めて来た人で、そういう日々の中での思いがどんなふうであるかを、それ自体は小さくても、殊更に事件ではなくても、取り上げるには大きな事で、フェミニズムという考えや言葉はそんなふうなとこから立ち上がって来んじゃないのかなって。

いまは便宜上というか、流れでフェミニズムとは言ったけれど、それがジェンダーに関する考察でも、平和への希求でも、日々の安寧への願いでも、地球上のどこでも、大気圏外飛んでる宇宙飛行士でも、出発点はその時時の小さな気持ちのはずだよ。そこが苦しいから、なんとかしたいって。

世界から見れば小さな苦しさ、見捨てられている、見てもらえない苦しさ、そこへ焦点を当てて描写出来るのが小説のひとつの得意だし、そしてまた、小説では為せない大きな問題を解決するのも、個人の小さな苦しさを安寧へと導くためのはずで。

(しかし文春オンラインの記事で姫野さんの写真見ると顔が赤く、マジ体調悪かったんだなとあらためてわかるな。
元から体調わるいとこに持って来て、多数を前にしての緊張があった上に雰囲気のわるい展開になってしまい、悪いことが重なった日になっちゃったんだなあ。
お大事に。)

 「ハップグッド君、きみのような名門の出で、しかも高等教育を受けた人物が、なぜそのような生き方を選ぶのですか?」「なぜ?」ハップグッドによると、ハップグッドはこういった。

「それは山上の垂訓のためです」 すると、ムーン・クレイコームの父親はこういった。「それでは、午後二時まで休廷します」

では、山上の垂訓とはいったいなにか?
それはイエス・キリストによる、つぎのような予言である。

心の貧しい人たちは天国を受けとるであろう。悲しんでいる人たちは慰められるであろう。柔和な人たちは地を受けつぐであろう。義に飢えかわいている人たちは、それを見出すであろう。あわれみ深い人たちはあわれみ深く扱われるであろう。心の清い人たちは神を見るであろう。平和をつくり出す人たちは神の子と呼ばれるであろう。義のために迫害されてきた人たちも天国を受けとるであろう。などなど。

『ジェイルバード』(カート・ヴォネガット)

 

「人種問題」スタッズ・ターケル
項目:「女たち」−白人季節労働者:ペギー・テリー(1990年)


「あたしにも、おぞましいことを口にしたり、信じていたころがあった。いつかまた、そういうことになるんじゃないかと思う。思いだすのよ、公民権運動に参加する前の四十歳の私を。南部生まれだから、よけいダメ。南部生まれは思ったことをつい口にしちまうから。しょっちゅうよ、考える前につい口がすべっちゃうの。ユダヤ人も憎むように育てられた。彼らがキリストを殺したとかで。反黒人の意識はそのままでね。黒人がこう言うのを聞いたことがある。ユダヤ人はこの国にいる黒人に感謝するべきだ。黒人がいなかったら、ユダヤ人が餌食になるんだからって。この国に移民がやってくると、いつだって彼らよりちょっとだけ上の人種がいる。あたしの見方では、ユダヤ人が黒人よりほんの少し上。社会にはいちばん上の層と、いちばん下の層がなくちゃならない。だれかがどん底にいなければならないわけよ。自分より下の人間は必要ない。そういう境地に達したとき、人ははじめて大人になる。わが身を振り返って、自分はこのままでいいんだと、言えるようになったときにね。あたしは下の人間なんて必要ない。あたしと同じ階層の人間がなんのビジョンも持てずにいるのは、ひとつには人種間の憎悪のせいよ。だれかを憎むことで精いっぱいで、人間がどれほど美しいものなのかも、世の中のすばらしいものをどんなに破壊しているのかも、気づこうとしないのよ」

 

おれもいつか”大人”になれるといいな、って思う。

なれそうもないけど、けどでも。

東大ブックトーク 「彼女は頭が悪いから」(姫野カオルコ)

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東大ってんなら姫野カオルコの好きな吉行淳之介も橋本治も東大だし、おれの好きなコミさん(田中小実昌)もSession22でお馴染みのこれまたおれの大好きなTBSの崎山記者も東大だ。ハスミン(蓮實重彦)だってもちろん東大、それも元総長ってんだから、これ以上はないね。充分過ぎてオツリが来る。キナコ飴くらいはきっと買える。蓮實重彦の評価するはずのない山田洋次監督は東大法学部、それで寅さんですからね。映画監督ついでにいえば藤田敏八も中島貞夫も東大。

藤田敏八監督の「八月の濡れた砂」のような青春映画の無軌道な若者(死語)(彼らは男だ、女はいても道連れというか、男には女がいた方がよかろうみたいんでいる)というのは見ている人間にとっては共感の対象で、そしておれからすれば「彼女は頭が悪いから」は「八月の濡れた砂」に限らない、共感の対象だった、かつての青春映画、青春小説の男たちというのが別の側面から見ると実は「ハートがぴかぴかのつるつる」なんじゃないかとして告発した作品にも思えてる。

ええとそれで、映画監督ついでにもひとつ、ビーバップハイスクールの那須博之も東大、那須監督は「美少女プロレス 失神10秒前」はおれにとっては大事な映画、傑作ですからみんな見てね♡

映画監督、俳優に限ったって他にいくらでもいる。

あと最近活躍してる人だと能町みね子だなあ。おれもツイッタやりすぎだけど、彼女もしょっちゅうTLにいるんで、少し心配、余計なお世話。

つまりは文化的な関心のあるもんにとっちゃ、東大なんざゴロゴロいる。正に掃いて捨てるほど。


小沢健二 - ある光

それに姫野カオルコは小説家だから、編集者その他、出版関係者に東大はいくらでもいるはずで、そういう意味じゃリアルの東大出身者にも幾度も遭遇してるだろうとは思う。

以上、んなこたまあ、オマケみたいなもんだが、東大とかそもそもどうでもいい、そこじゃない、単なる名前でしかなく、意味もない、そしておれの書くもんはいつもオマケの寄せ集め、でもふだん生活しててオマケに行き当たることはマレ、マレーの虎。SODはマネーの虎、たまにはでっかいアタリを引きたい。けど無理。そういう人生。大方パッとしない。しょうがない、ノージンジャー。

前置き(?)も済んだ気がするから、では次へ。

おれは当日、ブックトークが始まり、まあ退屈なもんになるかなあ、期待はすまい、そんなもんだと思いつつぼんやりと各パネラーの言なんぞ拝聴してはいたが、それがいざ瀬地山角(せちやまかく)氏に代わると、彼氏、はじめはおそるおそる、そして言うにはちょいと違う角度から「彼女は頭が悪いから」について話すことになりますがみたいな前置きで、どんな方向から来んのかなあと半ば期待しつつ見守ってたら、彼氏の云うに描写のあちこちに入試の仕組みやら寮の様子やら何やらかにやら、実際とは違うことが散見されて、そいつがノイズになってる、と。

ああなんだよ、そっちかよ、そこでおれのわずかながらの期待は外れちまったんだな。

瀬地山氏、見た目カッコよく、スーツも髪型もキメててイカしてるし、専門がジェンダー学(って名称でいいかどうかは知らん、不明を恥じる)だなんて、男子としちゃめずらしかろう学問の徒、ああでも先生だから「徒」じゃないの?それともこういう場合は「徒」でいいの?そこは辞書引いて各自解決してもらいたい(人任せかよ?!)、それでなんだっけ?閑話休題、ともかくも別の方向からって本人もその場で口にしたし、ちょっとだけワクワクしたんだよな。したら、ガックリ。期待外れ。

つまんねー。

そんなことかよ。

ありきたり。

オリジナリティーの欠如。

そんなことならおれだって読みながら、ああこういうのって「ほんとうはこうじゃない」「東大に対する偏見だ」みたいな事云う人絶対出て来んだろうなあと思ったら案の定ってだけで、予想の範囲内過ぎる。

頼むからもっと面白いこと言ってくれ。

それにそもそもさ、まあ学生さん方の意見の紹介だとは言ってたし、けど、自身の意見もそこに乗っかる感じじゃあったんで、あなたの意見でしょうとは思うが、それ、「彼女は頭が悪いから」が出て、割とすぐの書評としてはてなで見たよって、すぐ思った。それ持ち出しちゃうんだ?つか、あなたがあれ書いた人?くらいには思ったよ、そんときは。ねえ。でしょ。けどまあ、違う人だ。あのブログに目を通してた人があの場にどんくらいいたか知んないけど、読んでたなら、あれ?って思ったはずだよ、きっと。

東大生強制わいせつ事件傍聴人が「彼女は頭が悪いから」を読んだから - 人生万事こじらせるべからず

それで上記のブログは事実とズレてる部分への違和感は表明しているにせよ、もっとバランスよく作品としての評価もしてるし、あれが違う、これが違う一辺倒じゃないし、違うからダメとかそんな単純な風には云ってない。

それにあくまでも被害者の方(ほう)への寄り添いを忘れてない。

まあ、それと別に、内部の人間ならばあれこれ違うことがわかっちゃうし、気になっちゃうのは仕方ない、とういうか当然の反応だとは云える。医療関係者が「ドクターX」とか見ててむずむずしちゃうみたいなのはよくある話だ。事実と違えばもやるのも仕方ないし、文句のひとつも言いたくもなる。けど、そこで一気に作品全体、まして作者(「彼女は頭が悪いから」ならば姫野カオルコだ)を否定し始めるとか、もうわけわかんない。

それにさ、東大とは関係のないおれだって、読んでて、いちばんわかりやすいところでいうと「東大理Ⅰの男子という立場を得れば、すぐに足元に2枚の女子カードがならぶ」なんてのは、いやいやいや、ないない、とにやにやしながら読んでたし、まあ、言葉遊びだよね、こういうのはさ、真に受けるモンじゃない、作者だってこういうのは”わかってて”やってるわけで、そういうトコで怒っちゃう人がいるってのはわからない。笑うトコだしね。そもそも。ジョークを説明しろってか。(こういう時、でも「どこがおもしろいんですか?」とか真顔で言っちゃうのかなあ。そういうこと云う人が面白いこと言ってんの、見たことない。あのさ、笑いがわかる人間てのは案外にゲラだよ。すぐ笑う。くだんないダジャレですぐ笑う。そこでしかめっつらしてるような人間は一生面白いことなんか言いやしねえ。わかりもしねえ)

怒っちゃうあなた、第一、あなたは「東大生」なの?「自分」じゃなくて?ねえ。

自分は自分だろうがよ。東大もクソもあるかい。

なんで「東大生」と自分を同一視すんのか、ほんとさっぱり理解できない。

そんなこた知ったこっちゃないだろうがよ。

のっぺらぼうな「東大生」なんてもんはいずこにも存在しない。

「東大生」がどうこう書いてあったって、他人事だって思うよ、おれはきっとさ。東大生だとしてもね。カンケーねえ。そんなのカンケーねえ。(早稲田大出身者のギャグ)

なんつかさ、デフォルメとか、レトリックとか、カリカチュアライズとか、カタカナ用語が並んじゃったよ、どうするよ、困った、いや、そっちじゃない、いまの話は、いまはねえ、そう、小説ってもんの乙な部分ってのはいずこにやありや?っつうこってすよ。ありますよ、いまここに、ふたつでじゅうぶんですよ。

んで、彼氏の評言が的外れだってことはひとまず置くにせよ、つか異見(”意見”じゃないよ)があんなぁ当然だ、とはいえ面白くないとな、んで、そうじゃなくて、なんつっても未だに許せないのはその場での彼氏の振舞いであり、むしろ問題はそれのみに尽きる。あとはオマケだ。(あ。オマケあった。けどありがたくない)

なんつかさ、イライラしてんだよ。傍目(はため)にもさ。

ピリピリしてんの。丸わかりなの。びっくり。なんで?

それもいきなりだよ?意味わかんない。

しかも姫野さんのブックトーク内での後ほどの言によれば、それはもう控室からとのことで、ハナからケンカ売ってくるような態度だったって云うんだから、ほんと意味わかんない。なにがどうして???

ありえない。ふしぎ。SF。いわゆる少しふしぎ。少しじゃないけど。

(「SF、少しふしぎ」って言いたかった。メンゴ)

控室にて初対面、瀬地山氏は少なくとも「彼女は頭が悪いから」の作者ってことで姫野カオルコを知ってたろうけど、姫野さんの方はきっと「瀬地山角」なんて名前は初耳だったと思うぞ。そうじゃなくとも、初顔合わせ、型通りのあいさつして、それから天気の話でもして、あとは「今日はどれぐらい人、来てんでしょうかねえ?」とか、そんな当たり障りない話ぐらいなはずで、とても控室で初対面で相手に憤って見せる理由なんざあろうはずのない。

はじめっからそんな調子で来られたら戸惑うしきゃないよね。ふつーにさ。

さて、話は控室を抜けて、ブックトークに戻る。

瀬地山氏、そんなわけで、まずは学生の意見の紹介から、事実のあれこれ違う、それに東大生のあり方としても、ここに書いてあることは納得いかない、みたいな内容だったが、でもその論とはべつに、とにかく彼氏、怒ってる、いや、イラついてる。見え見え。なんで?ふしぎだ。

ほいでさ、彼氏のあまりの態度のわるさと、云ってることのつまんなさと、小説ってもんの読めなさ、「彼女は頭が悪いから」には女子マネの「朝倉」と「南」だとか、坂口安吾が好きで安吾が行った東洋大学へ入学する山岸遥やら、神立(かんだつ)美咲の小さな日常や、竹内つばさの家庭事情、その他その他、拾っていけば幾らでも見ていくべきところはあるし、デフォルメ、レトリック、カリカチュアライズ、姫野作品としては異例の実名の多さ、「東大」だけが特権的に(蓮實重彦用語)実名で語られるわけじゃなく、学芸大だの他の大学も出て来るが、それだけじゃなく芸能人(例:優木まおみ)やら何やら、時間が経てばすぐに忘れ去られてしまうような、今だけみたいな実名も敢えて入れ込んであるし、見どころ、拾いどころは幾らでもあるっつのに、そういう豊かさには目もくれず、ただひたすらに「東大」周りの事実関係への拘りばかりに終始。

痩せた読み方しやがって。

野暮ったい。

気が利かねえんだよ。

ケチくせえ。ケスクセ?(ギャグが古いのはヤングじゃないので勘弁して欲しい)

(ヤングじゃないとはいえ、奇しくも瀬地山氏と、おれ、同い年だよ)

(瀬地山さん、好きな音楽なにかな?プログレ?)


Touch(Karaoke)OP 1v2

ハナから文句つけてくぐらいならば、よほどに言葉もなにも用意してありそうなもんだが、すっかり彼氏、単調になっちまってて、トークショーみたいんでその場で上手く言葉が出て来ず、みたいのはわかるし、あることだとは言え、彼の場合はとにかく言いたいことが山程(?)にもあった様子、だからアドリブ力も大して要らない、始まる前から言葉は蓄積され、あとは吐き出すだけじゃなかったのか?結局云いたいことは小説中の「東大」「東大生」が間違ってるだけ?だけ?もっと膨らまして!自分の専門分野へと導いて。つか、ジェンダー論な切り口は?そのためにそこにいんじゃないの?なにしてんの?教室間違えた?

瀬地山氏に怒る理由なんかない。絶対ない。自分が小説中に出てきて理不尽な目に合ってるとかじゃないんだよ?そもそも姫野カオルコは瀬地山角を知らなかったろう。

なのに、なぜ個人的恨みみたいな調子なのか?まったく意味不明。

つか、ふざけんな。

なめてんのか。

甘ったれてんじゃないよ。

ほんといい加減にしろや。

傍(はた)で見ててもほんとあったま来たゎ。あんときはさ。

よっぽど彼氏のいるところへと駆け下りて(階段状の教室です)、

胸倉掴んで、

「おまえ、どこ中だよ???」

って言ってやりゃよかったよ。ほんと。ったく。

東大がどうしたってんだよ、知るか、人間の偉さを決めんのは中学なんだよ!

というかだ。東大駒場キャンパス、瀬地山氏にとってはホーム、更にあの場は授業の一環でもあるはずで(だから後半の質疑応答が学生中心に当てられる事にもなったんだと思うが)、そこにその日、話の中心としていちばんのゲストである姫野カオルコに対して、いわばホスト側である人間があの態度だなんて、ごく常識的に云ってありえない。許されることじゃない。おれはとにかくそこにいちばんおこってんだよ。

つか、他の、あの日の彼に対して憤ってる人たちは、彼氏の態度、あの場でああした態度を取ったことがなにより許せなくて、そこを起点に作品の話や何かになってるんだと思う。単に論を交わす以前の話だ。

論を交わしたその末の話じゃない。

もっと低レベルな話だ。発端は。

いきなり無礼な態度とったのは瀬地山氏だよ。

瀬地山さんが発端だよ。あの態度が低レベル。

いい大人がなにしてんだよ。

あんなの、ないよ。ないない。

イジメ、かっこわるい。

それで瀬地山氏は自分の番になり話し始めて上記のような批判をスタートしたんだけど、それから間もなく「いまからは関西弁でいきます」という体(てい)のことを口にし、それって「こっからは無礼講で」って宣言とも取れて、まあくだけて話す効用ってもんは確かにあるし、ああいう場で硬くなりがちなわけだから、それはそれでアリとは思う一方、関西弁だから無礼も許される、みたいなもんもこっちとしては感じちまったんだな。

そこで思うのが関西弁の特権性ってことで、明言してまで関西弁に切換えたのを見た時に、おれはすごくいやらしさを感じたんだよな。"関西弁"で歯に衣着せず"本音"を言っちゃうおれ、みたいな。
関西弁のある種の特権性(無礼講もアリ的な)と本音主義(or自称辛口)との結びつきというありきたりを目(ま)の当たりにして彼氏の本質が見えた気がして。

 だって、他の方言の場合、そんなことする?いまから切り換えますって口にする?

感情の成り行きで方言になったり、あるいは遊びとして方言を出したり、その場合はたのしくさせるためだ、他にも思いを込めて相手に、聞き手に伝えるために方言にする、Session22で南部さんがゲストが岩手の人の場合などにするみたいに、そういう風にいくつかのケースはあるだろうけど、「わたしっておもしろいんですよ」「無礼なこと口にするけど許してもらえるよな?」みたいな遣い方って関西弁特有で、ならばその特殊性、特権性を弁(わきま)えた上で敢えて戦略的に利用すべきで、はじめっから「これはシャレだから(許して)(わたしは許される存在だ)」みたいなエクスキューズのために関西弁にすんのは言葉に失礼だろうがよ。

本音とかマジ、要らない。

そんな安っぽいモン、金輪際、必要としない。

本音っつうのは一方通行なんだよ。言葉は出来れば行き交う中で互いに落としどころを探りつつ、いままでにないもんを築き上げるために遣われるのが理想で、もちろんそんんなな理想であって、滅多にそんなことも発生しやしねえけどさ、でも夢ぐらいみたっていいだろうがよ。

その”夢”に結びつくうちのひとつが”ジェンダー”って言葉なんじゃねえの。

一方通行じゃねえ、放っときゃディスコミュニケーションになりがちなこの世界で、それでも愚直に「話せばわかる」を信じて諦めずに話しかけ続ける、相手の言葉に耳を傾けようと努力する、いつかなんかの瞬間に、ついお互いに笑っちゃって、なんだか、生きてんのも、目の前にこうしてあなたがいんのも、そんなわるくないかもな、24時間、ツラつきあわせてんじゃ保たないかしんないけど、でもこうして笑えるタイミングがあんなら明日の寝起きも少しはマシになるだろうってさ、なんかそんなことのためにあんじゃないの、「ジェンダー」でも「リベラル」でも「共産主義」でも「親切」でも名前なんかどうでもいい、いつかケンカしても仲直り出来る日が来ることを本気で信じて、いや、信じちゃいないけど、信じるってことに決めて、とにかくさ。

 で、だ。

瀬地山氏、けど思うに、いわゆる”スベった”んじゃないか。

ほんとならばあそこで関西弁で華麗にあの場を取り仕切り、MCとして場をかっさらうはずが、彼自身がすでに焦ってしまい、客を掴めず、グルーヴを生み出せず、ピリピリした緊張した雰囲気になってしまった。

芸として成り立たなかったばかりにすべてがわるく転じちまった、と。

あれがあそこで彼氏の仕切りが見事だったならば、云ってることには、なんだよぉとは思いつつも、あんなにも険悪な雰囲気にはならなかったって後知恵で思うね。

瀬地山さんだって、その点では反省しきり、かも知れず。おれの芸が未熟だった、ってさ。

ああいうのはやっぱ余裕ないとさ、自信たっぷりにいかないとさ。

イライラをぶつけるんじゃなくてさ。

スキなかったよ、あんとき。あれじゃさ。

でもあれか、そもそもが控室の時点から突っかかってったわけだから、すでに平常心とは云えないか。あるいはそれもボクサーが試合前に相手を睨んだり、挑発するようなあれだったんかも知らん。けど、それは結果的にもきれいにドライヴしなかった。

更にいえばもっと丁々発止の応酬みたいのを期待して臨んでたのかも知れず、それも読み誤りだったわけだよな。結局。残念(ナントカざむらい)。


Run DMC - Sucker MC's

 姫野さんは論客でもなければ、TVタレント向きの小説家とかでもなく、そんなにベシャリが得意ってんでもない。話し方もおっとりした感じだし、相手に応じてパンパンと言葉が出て来るタイプでもない。小説を書くことで曰く云い難い事を表現しているわけで、かいつまんで云えるのならば彼女の場合、小説書かなくて済んでるだろうし、”描写””文体”なんてさらに必要がなくなる。

それで、おれとしては公式な謝罪とか、そんなの全く興味もないし、どうでもいいけど、そもそもその必要があるかどうかはわからん、でもこの際だから「誤解を与えて申し訳ない」とか「真意が伝わらなかった」とか「切り取って評された」とか、その手のテンプレをむしろ出して来て欲しいね。その方がいっそおもしろい。ああやっぱそっちかあと、たのしめる。

瀬地山さんが関西弁にしたのは、あるいは一種の照れ、空気わるくなっちゃったことの取り繕いみたいな面もあったのかも知れず、それもあってか、彼が関西弁にしたのに応じて(滋賀県出身の)姫野さんも(滋賀県方面の)関西弁に切り換えてた。

でも時期はすでに失していた。引き返せない。雰囲気は回復せず。

さてまあ、案外な脇道へのズレ、軌道修正も効かず、とはいえ時間がくれば終わりもする、最後、質疑応答、いくつかの言葉は瀬地山氏の言の短絡さへの忠言とも聞こえ、そこでは拍手も起こり、多少の雰囲気の回復もあり、ホッとしたりもできてホッとした。

その質問者のうちのひとり、現役の男子、細かいことは忘れたけど、彼は自分の言葉で自分の体験(女性との距離感が上手くつかめず、失敗もしたというような)を語り、行きつ戻りつ、悩んでいるのも伝わってきて、ああいいな、ホッとすんなっておれには思えた。ただまあ、その話の流れでゲイだと思われてたみたいなゲイネタが後半来ちゃって、せっかくいいこと云ってんのに台無しだよぉとは思ったけど、そう誰しも完璧ってわけにもいかない、そこらへんはちょいとずつ修正してってくれるといいなあとも、おれはまったく若くもないし、きっとその彼の親よりも年上だろう、ヤングには期待を預けたいとか勝手に思ってたよ。年寄りの感慨。

あと、その彼には姫野さんも微笑みをもって返してて、「そういうあなたの気持ちに応えられるモノがあるはずだから私の他の小説も読んでみて」みたいな事を云ってたよ。そこはなんか印象的だった。

で、まあ、気持ち的にもひと段落ついたとはいえ、帰りの電車で反芻するうち、おれもついとむらむらして来ちまい、云いたいことは他の人に任せるかって思ってたけど我慢もならず、以下のようなツイートの塊、そして今現在これを書いてるわけだよな。しょーがねーなー、おれ。

もっと泰然自若としてたいね。

初老男性(55)インテリ on Twitter: "東大駒場キャンパスでの「彼女は頭が悪いから」(姫野カオルコ)をめぐるブックトーク

"ジェンダー論が本筋の瀬地山角(せちやまかく)という人がハナから不機嫌でピリついてて、そういうふうに話も何もロクにしないうちからいきなり不機嫌で、おれの機嫌をとれなんていちばんやっちゃだめじゃん。"

たださ、上記ツイートでわかってもらいたいのは、おれはもっぱら彼氏の”いきなり不機嫌”にテーマを絞ってる、ってことだよ。

異見があることではなく、態度の事をのみもっぱら取り上げてるってことを見て欲しいと思うの。

ほんとごくふつーに、マナーとして、ああいうの、だめでしょ。そんだけ。

 

さて。オマケで。東大といえば大江健三郎。

そういや、東大ってばさ、大江健三郎の「死者の奢り」(ししゃのおごり)は東大医学部内で死体洗いのアルバイトするって話で、そこではホルマリンのプールにぷかぷか浮かんだ死体を突っついたり(?違うと思う。読んだのは大昔、記憶の彼方だ)、でもきっとそんなことの実際にあるとも思われず、たぶん当時から”死体洗いのアルバイト”の都市伝説ってもんがあり、それをネタにしたんじゃあないかとは思う。それで特にこの小説のおかげでさらに伝説が強化されたんじゃないかとおれは睨んでる。けど最近はその話、聞かない。70年代にはまだぜんぜんあったよ、ベトナム戦争の死者がおなじくホルマリンのプールに浮かんでる、みたいなことだ。当時ならではで。弓月光のマンガでそのネタのがあったのがおれには印象的に憶えてる。でもって、廃れたのかなあ。その都市伝説。いまは。つか、「死者の奢り」は当時「事実と違う!」「デタラメ書くな!」みたいなことはあったんでしょうか?それがいまとなっては気になる。

大江健三郎はおれがいちばん好きな彼氏の小説「遅れてきた青年」でも東大生は出て来るわけで、結構大胆な内容じゃあるし、だったらやっぱ「事実と違う!」「東大生にこんなんじゃ偏見をもたれる!」みたいのってあったのかなあ?どうなんでしょ?

「彼女は頭が悪いから」(姫野カオルコ)

 

彼女は頭が悪いから

彼女は頭が悪いから

 

 

7月18日(水)、この日は午前中で仕事が終わり、新宿へ。リーディンググラスを作りに。要は老眼鏡である。ふだんはすでに遠近両用だが、これだと近くを見るには間に合わない。遠近、いずれも中途半端。なので、今回いよいよ、手元専用のものを。ガワはPaul Smith。受取りは二週間後。

そのあと、久しぶりに隅田川へ。(埼玉の若干奥の我が家からは遠いんだけど、なんか気分を味わうには都会の、隅田川、なんだよね。うちからクルマですぐに行けるようなとこじゃ、この感じは味わえない。だからたまに行く)

暑い中、隅田川テラスのどっかに座り、コンビニで買った氷結アルコール分9%(シチリアレモン)をピーナツをアテに飲んで、暑い中、酔っぱらってた。

暑いのは苦にならない方で、人生上暑さがつらかったことはない。孤独、ひとりぼっちってことだけが毎度苦しかっただけだ。

オフであれば暑さはあったかさを感じて気持ちよいくらい。

そして少し酔いが醒めてから渋谷へ移動。ユーロスペースで「カメラを止めるな!」を見た。

疲れもあって前半少し寝ちゃったりしたんだけど、たのしく鑑賞。でもできればもっと体調いい時に十全にたのしみたかったなあ。

映画が終わると新宿へ移動して紀伊國屋書店で「彼女は頭が悪いから」(姫野カオルコ)を買う。ツイッターで都心のみのフライング発売を知り、さっさと買いたかったから。待てない。前から気になってた。Amazonで既に予約済みだったけど、姫野カオルコならば同じモン、複数買うのも苦にならない。(このあと、kindleで電子書籍版も買ったし、予約してた本も後ほど届いた。計三冊購入したことになる)

ベストセラーになるといいなあ。

そしてこの日から少しづつ読み進めて行く。(主に電子版で。老眼にはその方が読みやすい)

小説に限らず、最近はほんと読書からは離れてしまい、その一端には老眼の影響も大きい。目が泳いでしまい、落ち着いて読んでいられない。2ページ読み進めるだけでもつらい。それもあり、今回リーディンググラスを買ったわけだが。本を読みたくて。

7月21日(土)のあたりで27%ほど読んだが(電子書籍だと数字で分かる)、登場人物は多く、そして描写は辛辣。批評性が細かく織り込んである文章。 まだどう展開すんのかわからない。 少なくともあらすじでは検討のつかない別のものと感じる。

『この世は無理解の地獄である』

(「彼女は頭が悪いから」にそう書いてあるわけではない。いま突然思いついたフレーズで、ここまで読んでの感想というか連想で出て来た)

今回、実名が多いな。
学校名を始めとして。
芸能人の名前もバンバン出て来る。
タレント名などは時間が経つと不明になるんじゃないか、古臭くなるのじゃないかと小説書く際には避ける傾向はあるかとは思うが、もちろんここまでパンパン出すには考えあってのことのはずで、とはいえ、今はまだ、その意図を探らない。
ちなみにアメリカの小説とかだと実名率、高い気が(ロクに知りもしないが)してる。

第一章、読了。
"ふつう"についての問い。
これまでもずっと。姫野作品では。

第二章にちょっと入った。
"「つきあう」をしている"(姫野カオルコ作品に馴染みのある者には聞いたことのあるフレーズ)

先程までジョイフルで「彼女の頭が悪いから」(姫野カオルコ)を読んでいて、帰宅してフロ入って、いま、ハイボール飲み終わった。 アテはビーフジャーキーで、そのあと切れてるカマンベールチーズ1個食った。

叫ぶチーズ(金髪)

飲む前にスッキリしたくて1回歯を磨いた。また後で寝る前に磨く。

おれも「不思議ちゃん行為」のナゾメールもらいたい。しかし、おれは東大じゃないからだめだ。

"竹内つばさ"の心のなさっぷり描写がつづく。

ずうっと意地悪でうねりがあって、批評性を持った文章が続く。 通底するブラックユーモア。 東大生がもっぱら出て来て、その他男子女子が出て来るので、その批評性を孕んだ文体と相俟って、なんとなく昔の青春モノ時代の大江健三郎を想起する。

いま(7月22日日曜日午後)は46%まで読んだ。そして意識してなかったが、いまは根津のカフェ(シグネコーヒー。歩いててどっか入りたくて入ったらアタリ。コーヒーもスウィーツも美味い。雰囲気も落ち着く)で、奇しくも東大が近い。

ああ、なんか転換点、来た。
ああ。
"仄あたたかい"

"ハートにバンドエイドを貼った。"

65%まで。
昨今、読書からすっかり遠ざかってることを思えば結構な速度。

"エノキ"が「ちはやふる」の"ヒョロくん"になっちまってる。おれん中では。見た目。

ミツコのいない「人呼んでミツコ」かもなあ。
ミツコっぽさはたしかに感じる。

ミツコはきっと文章の中に織り込まれてる。
ミツコは孤独で人とのつながりを感じなかったけれど、ここではもっとソシアルな存在になってる。
(上手いこと言おうとして、言えてない)

 

ひと呼んでミツコ (集英社文庫)

ひと呼んでミツコ (集英社文庫)

 

 

彼ら東大生の"健やかさ"が最近話題んなったスラム見学ツアーの彼ら、思い出す。

 第三章まで読み終わった。 70%。
 あああ。
うう。
おおお。
そうかあ。
ああ。
うう。
おお。

そっか。
姫野さんは筆力はあるから、って当たり前みたいなこと言ってっけど、こうか、こうか。
これはおれでもちょっとなんとも言えん気持ちになる。
なんていうか、すごく、ありそうなそれで。ふだんのちょっと先にある、でも知らないわけじゃない、その感じ。

泣いてるよ、おれ。
なにこれ。
感動の涙じゃない。
つらい、って一言で言っちゃう。うまく言えない。

姫野さんにはとにかく売れて欲しいからって気持ちがすごく強いけど、作品の出来じゃなくて、その点では断然推せる、当たり前だ、ただ、人によってはフラッシュバックとか、心配してしまう。
どうしたらいいかな。
いま、この気持ちは。

なんか読み進められない。
ざわざわしてる。
胸が。

でも先へ行きたい。
このままじゃ、あれだ。

そう、姫野さんは、"いま"の話だから、今ある事を、芸能人の名前でも何でも億せず取り込んでったんだと思う。"いま"に少しでも肉薄するために。現在形で、ingで小説をあらしめるために。時間が経ってすぐ腐り、忘れられるようなモノでも、敢えて。

ここにある事件だけじゃなくて、それはあくまでも取っ掛かりであって、正に"いま"起きてる事を告発してるんだと思う。

読むのは人によってはほんとにつらいかも知んない。
特になんてことのないおれで、こうなんだから、ほんとに人によっては。
電車の中とか、カフェとか、とにかく人のいるところじゃなくて、自分の部屋でよかった。正にここを読んだのが。
そうじゃなきゃ、こんな気持ちになるには外じゃ、人中(ひとなか)じゃ、どう処理していいのか。

小説の、文章と描写と構成の力、それは論文や論評のそれとは違う、そういうものでは取り零(こぼ)してしまうものが文章の中へ織り込まれ、更に胸の奥へ迫る格別な魔法がある。小説だけの持つマジックが。それが正にここにある。

そして。少しだけ先を読めた。読み進んだ。

・・・読み終わった。深夜1時近く。

うん。 なんだろ。 この胸のツカエは。 まるでなにも起きなかったみたいに。 けど、たしかに起きて、でも過ぎて、ツカエの取れない日がまたつづく。

感動はない。
もちろんイイ話じゃないからだ。
やりきれなくて泣いてしまう。

なんでおれが泣くのかわかんないけど、でも泣いてる。

姫野さんはさ、ずっと他の人が書かないことを、タブーにしてるってんじゃない、気がついてない、そういうことをこれまでも、いつも書いて来てて。
それはいつも早すぎて世間の波がずっと後からやってくる。

これは人によってはほんとにフラッシュバックがあると思うので、その点を考慮すると安易に勧めづらいのだけど、小説としては素晴らしいので推したいし、売れて欲しいって心底思う。

特に後半は人のいないところで読んだ方がいいかなって、余計なお世話だけど思う。
ほんとにつらくなる、人によっては。

ああ、でも売れて欲しいんだ。 
どうしよう。
ネガティブな事はだから書きたくはないんだけど。
おれには大して影響力がない、インフルエンサーとは程遠いんで、まだいいか。よくわかんない。

作品はイイ。
でもだからこそ、その描写の力で、ほんとにつらくなる。
こんな夜中に読み終わって、胸がなんか痛くてもやもやして重くて、どうしていいのか。

ふだんの、特になにも起きない日常と地続きなんだよ。
こういうことは。
ここに出て来る人たちの日々も。
すごく近い。
無慈悲、無理解はでも、いまここにある。
だから怖いんだ。やりきれない。
誰もが知ってる話でもある。エピソードって意味じゃなくて。

あらすじにあることはもちろん起きるんだけど、なんつかでも、それがメインじゃなくて、それは実はけして非日常ではない、日々の先、日々の脇に、感じいい人悪い人、そういう中にある、だからこそのやりきれなさで。突出はしてても、別の世界の話じゃない。

一夜明けて。

 

昨夜は「彼女は頭が悪いから」(姫野カオルコ)を読み切っちゃいたくて夜更かしした。
読んじゃってよかった。
それはべつとして小説そのものについては思い出すと胸がざわざわする。
なんだか知らないけど涙ぐんでしまう。
苦しくやりきれない。
胸が痛い。
気持ちの持ってき場がない。

急に突き放されて、ひとりぽっちにされて、それはほんとうに恐ろしい。

美咲がクイックルワイパーで床を拭いたり、ちょっとした料理の下拵えをするような、ほんとなんてことない日常描写の積み重ねが、下地を作り、やがて来ること、その後への苦しみ、やりきれなさを、拭い去り難く心に刻むことに繋がっている。

おれもそもそも本を読むことも滅多になくなり、人のことも言えんが、映画と違い、発行間もなく小説はパンパンと感想の上がって来るものではなく、でも人の感想を是非聞きたい。

感想を人と共有したいが、発売間もないこともあり、中々、感想が上がって来ない。 あと、どれぐらい売れてるんだろう? いっぱい売れてて欲しい。

7月29日(日)いまはもっぱら「彼女は頭が悪いから」(姫野カオルコ)とケンドリック・ラマー推しです。

考えてみれば、おれ、姫野カオルコ読み出してもう30年ぐらい経ってるよ。 ビックリだ。 「ガラスの仮面の告白」の文庫を手に取ったのは正確にいつだったんだろう?なぜおれはそれを読もうと思ったのか。憶えてない。 でもそれ読んで以降はずっとだ。
25年ぐらい前は今みたいに情報もそうそうないから、本屋行くたび、姫野カオルコの新刊が出てないかチェックして、お、出てた、ラッキー!みたいな感じで買ってた。

(東京医大で女性受験者を減点していたという事件の発覚後)こんな波に乗って紹介すんのもあれだけど、でも正に"いま"の話題(東京医大のことだけじゃなく)に深くコミットしてるとも言える「彼女は頭が悪いから」(姫野カオルコ)を是非みんなに読んで欲しいと切実に思うよ。

合わせて見たい: 「侍女の物語」(いまならHuluで見れる) (もちろんマーガレット・アトウッドによる原作読むのもアリだけど、おれはそっちは読んでないので、とりあえず)

もう一人の主人公(?)の東大生である竹内つばさはしかし、昔であればそのまま読者も共感出来る青春モノの主人公といっていい性格、挙動のカケラを見せる。
それはかつての青春モノの主人公の男の子たちを別の側面から描いたとも言えるし、かつての無自覚が今になり顕(あらわ)にされたとも言える。

それと並行してるとも言えるが、神立(かんだつ)美咲に対しても同情を寄せた描き方はされてはおらず、突き放した描写がされている。

ありえたかも知れないラブストーリーとして「彼女は頭が悪いから」を書き直すことも可能だよね。
しかしそうはならなかった、そしてなぜラブストーリーは不可能になり、救いのない、飲み込めないままいつまでもスッキリしない物語になってしまったのか。

その不可能性をじっくりと丁寧に考察を重ね、その考察自体を更に文体そのものに織り込んで描いたのが「彼女は頭が悪いから」であるとも言える。

はじめに出て来る『白馬に乗った王子様』というフレーズで美咲の読む雑誌で紹介される独・ベルギー合作の映画というのがなにか気になる。アルものなのか、架空のそれか。

”女子マネ”のことやらなにやら、細かいことにいちいち触れて書きたい。ほんとは。

坂口安吾(と明示はされないが)が好きで東洋大へ進学した山岸遥と、彼女の容姿の描写、そして、つばさの裡にある本人が気がついていない彼女への思慕、しかし、それはまったくカタチを為すことがないままに時間だけが過ぎ、彼女との交通が途絶え、やがて事件は起きる。そのことについてもほんとは考えて文章を為したいがいまはそこまでの余力がない。

竹内つばさは昔であれば共感の出来る主人公の可能性もあったはずで、それは彼には多少の劣等感があり、ルックスも冴えず、そのことにより、往時であれば小説やATGの映画にでも出て来そうな、勉強は出来るけど、鬱屈した男の子ではあるからで、しかし、そういう男の子には別の面、リアルな実像があり、それがこの小説では描かれてるとも云える。かつての青春モノの男の主人公とその仲間たちが「彼女は頭が悪いから」では裁かれているとも云える。

何が起きるかはもうはじめから読者にはわかっている。だから事件そのもの、更にセカンドレイプは後半の終わりの方である意味あっけなく描かれている。

そこに到るまでこそがこの小説のキモであって、そこまでの些細な描写の積み重ねの中にこそ、事件の本質があるからだ。

事件は日常の中で、いま、ここ、でこそ起き、そしてすぐに日常に戻ってしまう。事件そのものは一瞬だ。しかし人の心は、心のなさが幾度も描かれる竹内つばさのように長い時間を掛けて準備されていくし、事件後もその心のなさに変わりはない。また神立(かんだつ)美咲にしてもつばさと”出会って”しまうまでには長い時間があり、彼と過ごした短い時間があり、その延長線上で、日常の中で事件は起きる。そして美咲にとって、事件そのものは一瞬であっても、彼女が生きている限りは続いてしまう。

また、野次馬として事件を見る者たちはしばらくは熱に浮かされていても、次の興味があれば、すぐに忘れていく。日常の中で。

人は誰しも事件ではなく、日常を生きている。生きていく。

 

で。

翻訳が早くに出るといいな。
海外で充分に評価され、売れる可能性は非常に高いと思うから。

韓国語で出て、イ・ランに書評を書いてもらいたい。彼女の言葉が聞きたい。

 


[MV] 이랑 イ・ラン - 임진강 イムジン河

 

おれはインフルエンサーではなく、しがないイプシロン・ツイッタラーなんで、出来れば力のある人に「彼女は頭が悪いから」(姫野カオルコ)を十二分に称揚してもらい、ベストセラーになる事を強く願うよ。

あとそれで。

雨宮まみによる書評が読みたかったよね。なぜ、いないかな、いま。いま。