國家は私達から、乙女の夢まで、取上げてしまふのでせうか。

ふぞろいの林檎たち

タイトルバックの林檎投げてるあの手は一体誰なんだろう。スタッフ?まさか出演者ではあるまいが、とりあえず知っておきたい。
そしてその林檎投げてる場所は新宿紀伊国屋の隣りくらいの位置だが、同じ新宿で、この前はカメラのさくらや(?)と思しきところがロケに使われていて、それがおおよそ20年前くらいだと思うとなんか懐かしいような切ないような。
当時茶髪はまずおらず、みんな髪が黒かったのかと思うと不思議な気もするが、ただ60年代以降、坪内祐三的には「一九七二」年以降というか、風俗に劇的な変化は実は見られないので、20年前といっても現在との違いは細部のあちこちであって、「ふぞろい」の更に20年前と比べる場合はそうは行かず、そこには決定的な変化が訪れている。40年前はちょうど大きな変化が本邦に起こり始めた年で、その頃から東京の中心的な盛り場は銀座から新宿へと移動した。かつての日活映画がもっぱら銀座を舞台にしていたことを思えば。
そして今回の「ふぞろい」には街頭ロケで通行人の手にタワレコの袋が映っていたのだが、もちろんサイズはLPで、まだCDはなく、そもそもタワレコはまだ渋谷の東急ハンズの斜め向かいに一軒あるきりだった。まさかその後外資系の輸入レコード屋がああも版図を拡げ、西新宿のあたりは輸入盤屋から海賊盤屋へ移行せざるを得ないだなんて思いもよらなかった。輸入盤がふつうに店頭に並び、そしてまたそれ以上に邦楽がこんなに盛んになるとも。20年前はまだ輸入盤屋の老舗新宿レコードは西新宿の柏木公園のそばにあり、1Fにありフロアーも大きく、その後そこは間もなくどこか電気関連の会社になり、先日みたらなんと佐川急便になっていた。あのへんで未だに昔の佇まいのまま同じ商売をしているのは大人のおもちゃ屋「新宿パラダイス」だけだ。それはそれで不思議。
そして更に今回の「ふぞろい」を見てて思ったのはみんなシャツの裾をズボンにたくし込んでいることだった。いまは大概シャツは裾が表に出るようになったが、それとは別に缶ジュース(20年前にはまだお茶はなかった筈だ)を手塚理美が飲んでいたが、缶のプルタブ、いつから缶の中に折り込むようになったんだっけか。昔はただちぎれて捨て場所に困るか、無造作に捨てられるだけのものだったのに今は缶の一部で切り離せない。プルタブ。