東大ブックトーク 「彼女は頭が悪いから」(姫野カオルコ)

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東大ってんなら姫野カオルコの好きな吉行淳之介も橋本治も東大だし、おれの好きなコミさん(田中小実昌)もSession22でお馴染みのこれまたおれの大好きなTBSの崎山記者も東大だ。ハスミン(蓮實重彦)だってもちろん東大、それも元総長ってんだから、これ以上はないね。充分過ぎてオツリが来る。キナコ飴くらいはきっと買える。蓮實重彦の評価するはずのない山田洋次監督は東大法学部、それで寅さんですからね。映画監督ついでにいえば藤田敏八も中島貞夫も東大。

藤田敏八監督の「八月の濡れた砂」のような青春映画の無軌道な若者(死語)(彼らは男だ、女はいても道連れというか、男には女がいた方がよかろうみたいんでいる)というのは見ている人間にとっては共感の対象で、そしておれからすれば「彼女は頭が悪いから」は「八月の濡れた砂」に限らない、共感の対象だった、かつての青春映画、青春小説の男たちというのが別の側面から見ると実は「ハートがぴかぴかのつるつる」なんじゃないかとして告発した作品にも思えてる。

ええとそれで、映画監督ついでにもひとつ、ビーバップハイスクールの那須博之も東大、那須監督は「美少女プロレス 失神10秒前」はおれにとっては大事な映画、傑作ですからみんな見てね♡

映画監督、俳優に限ったって他にいくらでもいる。

あと最近活躍してる人だと能町みね子だなあ。おれもツイッタやりすぎだけど、彼女もしょっちゅうTLにいるんで、少し心配、余計なお世話。

つまりは文化的な関心のあるもんにとっちゃ、東大なんざゴロゴロいる。正に掃いて捨てるほど。


小沢健二 - ある光

それに姫野カオルコは小説家だから、編集者その他、出版関係者に東大はいくらでもいるはずで、そういう意味じゃリアルの東大出身者にも幾度も遭遇してるだろうとは思う。

以上、んなこたまあ、オマケみたいなもんだが、東大とかそもそもどうでもいい、そこじゃない、単なる名前でしかなく、意味もない、そしておれの書くもんはいつもオマケの寄せ集め、でもふだん生活しててオマケに行き当たることはマレ、マレーの虎。SODはマネーの虎、たまにはでっかいアタリを引きたい。けど無理。そういう人生。大方パッとしない。しょうがない、ノージンジャー。

前置き(?)も済んだ気がするから、では次へ。

おれは当日、ブックトークが始まり、まあ退屈なもんになるかなあ、期待はすまい、そんなもんだと思いつつぼんやりと各パネラーの言なんぞ拝聴してはいたが、それがいざ瀬地山角(せちやまかく)氏に代わると、彼氏、はじめはおそるおそる、そして言うにはちょいと違う角度から「彼女は頭が悪いから」について話すことになりますがみたいな前置きで、どんな方向から来んのかなあと半ば期待しつつ見守ってたら、彼氏の云うに描写のあちこちに入試の仕組みやら寮の様子やら何やらかにやら、実際とは違うことが散見されて、そいつがノイズになってる、と。

ああなんだよ、そっちかよ、そこでおれのわずかながらの期待は外れちまったんだな。

瀬地山氏、見た目カッコよく、スーツも髪型もキメててイカしてるし、専門がジェンダー学(って名称でいいかどうかは知らん、不明を恥じる)だなんて、男子としちゃめずらしかろう学問の徒、ああでも先生だから「徒」じゃないの?それともこういう場合は「徒」でいいの?そこは辞書引いて各自解決してもらいたい(人任せかよ?!)、それでなんだっけ?閑話休題、ともかくも別の方向からって本人もその場で口にしたし、ちょっとだけワクワクしたんだよな。したら、ガックリ。期待外れ。

つまんねー。

そんなことかよ。

ありきたり。

オリジナリティーの欠如。

そんなことならおれだって読みながら、ああこういうのって「ほんとうはこうじゃない」「東大に対する偏見だ」みたいな事云う人絶対出て来んだろうなあと思ったら案の定ってだけで、予想の範囲内過ぎる。

頼むからもっと面白いこと言ってくれ。

それにそもそもさ、まあ学生さん方の意見の紹介だとは言ってたし、けど、自身の意見もそこに乗っかる感じじゃあったんで、あなたの意見でしょうとは思うが、それ、「彼女は頭が悪いから」が出て、割とすぐの書評としてはてなで見たよって、すぐ思った。それ持ち出しちゃうんだ?つか、あなたがあれ書いた人?くらいには思ったよ、そんときは。ねえ。でしょ。けどまあ、違う人だ。あのブログに目を通してた人があの場にどんくらいいたか知んないけど、読んでたなら、あれ?って思ったはずだよ、きっと。

東大生強制わいせつ事件傍聴人が「彼女は頭が悪いから」を読んだから - 人生万事こじらせるべからず

それで上記のブログは事実とズレてる部分への違和感は表明しているにせよ、もっとバランスよく作品としての評価もしてるし、あれが違う、これが違う一辺倒じゃないし、違うからダメとかそんな単純な風には云ってない。

それにあくまでも被害者の方(ほう)への寄り添いを忘れてない。

まあ、それと別に、内部の人間ならばあれこれ違うことがわかっちゃうし、気になっちゃうのは仕方ない、とういうか当然の反応だとは云える。医療関係者が「ドクターX」とか見ててむずむずしちゃうみたいなのはよくある話だ。事実と違えばもやるのも仕方ないし、文句のひとつも言いたくもなる。けど、そこで一気に作品全体、まして作者(「彼女は頭が悪いから」ならば姫野カオルコだ)を否定し始めるとか、もうわけわかんない。

それにさ、東大とは関係のないおれだって、読んでて、いちばんわかりやすいところでいうと「東大理Ⅰの男子という立場を得れば、すぐに足元に2枚の女子カードがならぶ」なんてのは、いやいやいや、ないない、とにやにやしながら読んでたし、まあ、言葉遊びだよね、こういうのはさ、真に受けるモンじゃない、作者だってこういうのは”わかってて”やってるわけで、そういうトコで怒っちゃう人がいるってのはわからない。笑うトコだしね。そもそも。ジョークを説明しろってか。(こういう時、でも「どこがおもしろいんですか?」とか真顔で言っちゃうのかなあ。そういうこと云う人が面白いこと言ってんの、見たことない。あのさ、笑いがわかる人間てのは案外にゲラだよ。すぐ笑う。くだんないダジャレですぐ笑う。そこでしかめっつらしてるような人間は一生面白いことなんか言いやしねえ。わかりもしねえ)

怒っちゃうあなた、第一、あなたは「東大生」なの?「自分」じゃなくて?ねえ。

自分は自分だろうがよ。東大もクソもあるかい。

なんで「東大生」と自分を同一視すんのか、ほんとさっぱり理解できない。

そんなこた知ったこっちゃないだろうがよ。

のっぺらぼうな「東大生」なんてもんはいずこにも存在しない。

「東大生」がどうこう書いてあったって、他人事だって思うよ、おれはきっとさ。東大生だとしてもね。カンケーねえ。そんなのカンケーねえ。(早稲田大出身者のギャグ)

なんつかさ、デフォルメとか、レトリックとか、カリカチュアライズとか、カタカナ用語が並んじゃったよ、どうするよ、困った、いや、そっちじゃない、いまの話は、いまはねえ、そう、小説ってもんの乙な部分ってのはいずこにやありや?っつうこってすよ。ありますよ、いまここに、ふたつでじゅうぶんですよ。

んで、彼氏の評言が的外れだってことはひとまず置くにせよ、つか異見(”意見”じゃないよ)があんなぁ当然だ、とはいえ面白くないとな、んで、そうじゃなくて、なんつっても未だに許せないのはその場での彼氏の振舞いであり、むしろ問題はそれのみに尽きる。あとはオマケだ。(あ。オマケあった。けどありがたくない)

なんつかさ、イライラしてんだよ。傍目(はため)にもさ。

ピリピリしてんの。丸わかりなの。びっくり。なんで?

それもいきなりだよ?意味わかんない。

しかも姫野さんのブックトーク内での後ほどの言によれば、それはもう控室からとのことで、ハナからケンカ売ってくるような態度だったって云うんだから、ほんと意味わかんない。なにがどうして???

ありえない。ふしぎ。SF。いわゆる少しふしぎ。少しじゃないけど。

(「SF、少しふしぎ」って言いたかった。メンゴ)

控室にて初対面、瀬地山氏は少なくとも「彼女は頭が悪いから」の作者ってことで姫野カオルコを知ってたろうけど、姫野さんの方はきっと「瀬地山角」なんて名前は初耳だったと思うぞ。そうじゃなくとも、初顔合わせ、型通りのあいさつして、それから天気の話でもして、あとは「今日はどれぐらい人、来てんでしょうかねえ?」とか、そんな当たり障りない話ぐらいなはずで、とても控室で初対面で相手に憤って見せる理由なんざあろうはずのない。

はじめっからそんな調子で来られたら戸惑うしきゃないよね。ふつーにさ。

さて、話は控室を抜けて、ブックトークに戻る。

瀬地山氏、そんなわけで、まずは学生の意見の紹介から、事実のあれこれ違う、それに東大生のあり方としても、ここに書いてあることは納得いかない、みたいな内容だったが、でもその論とはべつに、とにかく彼氏、怒ってる、いや、イラついてる。見え見え。なんで?ふしぎだ。

ほいでさ、彼氏のあまりの態度のわるさと、云ってることのつまんなさと、小説ってもんの読めなさ、「彼女は頭が悪いから」には女子マネの「朝倉」と「南」だとか、坂口安吾が好きで安吾が行った東洋大学へ入学する山岸遥やら、神立(かんだつ)美咲の小さな日常や、竹内つばさの家庭事情、その他その他、拾っていけば幾らでも見ていくべきところはあるし、デフォルメ、レトリック、カリカチュアライズ、姫野作品としては異例の実名の多さ、「東大」だけが特権的に(蓮實重彦用語)実名で語られるわけじゃなく、学芸大だの他の大学も出て来るが、それだけじゃなく芸能人(例:優木まおみ)やら何やら、時間が経てばすぐに忘れ去られてしまうような、今だけみたいな実名も敢えて入れ込んであるし、見どころ、拾いどころは幾らでもあるっつのに、そういう豊かさには目もくれず、ただひたすらに「東大」周りの事実関係への拘りばかりに終始。

痩せた読み方しやがって。

野暮ったい。

気が利かねえんだよ。

ケチくせえ。ケスクセ?(ギャグが古いのはヤングじゃないので勘弁して欲しい)

(ヤングじゃないとはいえ、奇しくも瀬地山氏と、おれ、同い年だよ)

(瀬地山さん、好きな音楽なにかな?プログレ?)


Touch(Karaoke)OP 1v2

ハナから文句つけてくぐらいならば、よほどに言葉もなにも用意してありそうなもんだが、すっかり彼氏、単調になっちまってて、トークショーみたいんでその場で上手く言葉が出て来ず、みたいのはわかるし、あることだとは言え、彼の場合はとにかく言いたいことが山程(?)にもあった様子、だからアドリブ力も大して要らない、始まる前から言葉は蓄積され、あとは吐き出すだけじゃなかったのか?結局云いたいことは小説中の「東大」「東大生」が間違ってるだけ?だけ?もっと膨らまして!自分の専門分野へと導いて。つか、ジェンダー論な切り口は?そのためにそこにいんじゃないの?なにしてんの?教室間違えた?

瀬地山氏に怒る理由なんかない。絶対ない。自分が小説中に出てきて理不尽な目に合ってるとかじゃないんだよ?そもそも姫野カオルコは瀬地山角を知らなかったろう。

なのに、なぜ個人的恨みみたいな調子なのか?まったく意味不明。

つか、ふざけんな。

なめてんのか。

甘ったれてんじゃないよ。

ほんといい加減にしろや。

傍(はた)で見ててもほんとあったま来たゎ。あんときはさ。

よっぽど彼氏のいるところへと駆け下りて(階段状の教室です)、

胸倉掴んで、

「おまえ、どこ中だよ???」

って言ってやりゃよかったよ。ほんと。ったく。

東大がどうしたってんだよ、知るか、人間の偉さを決めんのは中学なんだよ!

というかだ。東大駒場キャンパス、瀬地山氏にとってはホーム、更にあの場は授業の一環でもあるはずで(だから後半の質疑応答が学生中心に当てられる事にもなったんだと思うが)、そこにその日、話の中心としていちばんのゲストである姫野カオルコに対して、いわばホスト側である人間があの態度だなんて、ごく常識的に云ってありえない。許されることじゃない。おれはとにかくそこにいちばんおこってんだよ。

つか、他の、あの日の彼に対して憤ってる人たちは、彼氏の態度、あの場でああした態度を取ったことがなにより許せなくて、そこを起点に作品の話や何かになってるんだと思う。単に論を交わす以前の話だ。

論を交わしたその末の話じゃない。

もっと低レベルな話だ。発端は。

いきなり無礼な態度とったのは瀬地山氏だよ。

瀬地山さんが発端だよ。あの態度が低レベル。

いい大人がなにしてんだよ。

あんなの、ないよ。ないない。

イジメ、かっこわるい。

それで瀬地山氏は自分の番になり話し始めて上記のような批判をスタートしたんだけど、それから間もなく「いまからは関西弁でいきます」という体(てい)のことを口にし、それって「こっからは無礼講で」って宣言とも取れて、まあくだけて話す効用ってもんは確かにあるし、ああいう場で硬くなりがちなわけだから、それはそれでアリとは思う一方、関西弁だから無礼も許される、みたいなもんもこっちとしては感じちまったんだな。

そこで思うのが関西弁の特権性ってことで、明言してまで関西弁に切換えたのを見た時に、おれはすごくいやらしさを感じたんだよな。"関西弁"で歯に衣着せず"本音"を言っちゃうおれ、みたいな。
関西弁のある種の特権性(無礼講もアリ的な)と本音主義(or自称辛口)との結びつきというありきたりを目(ま)の当たりにして彼氏の本質が見えた気がして。

 だって、他の方言の場合、そんなことする?いまから切り換えますって口にする?

感情の成り行きで方言になったり、あるいは遊びとして方言を出したり、その場合はたのしくさせるためだ、他にも思いを込めて相手に、聞き手に伝えるために方言にする、Session22で南部さんがゲストが岩手の人の場合などにするみたいに、そういう風にいくつかのケースはあるだろうけど、「わたしっておもしろいんですよ」「無礼なこと口にするけど許してもらえるよな?」みたいな遣い方って関西弁特有で、ならばその特殊性、特権性を弁(わきま)えた上で敢えて戦略的に利用すべきで、はじめっから「これはシャレだから(許して)(わたしは許される存在だ)」みたいなエクスキューズのために関西弁にすんのは言葉に失礼だろうがよ。

本音とかマジ、要らない。

そんな安っぽいモン、金輪際、必要としない。

本音っつうのは一方通行なんだよ。言葉は出来れば行き交う中で互いに落としどころを探りつつ、いままでにないもんを築き上げるために遣われるのが理想で、もちろんそんんなな理想であって、滅多にそんなことも発生しやしねえけどさ、でも夢ぐらいみたっていいだろうがよ。

その”夢”に結びつくうちのひとつが”ジェンダー”って言葉なんじゃねえの。

一方通行じゃねえ、放っときゃディスコミュニケーションになりがちなこの世界で、それでも愚直に「話せばわかる」を信じて諦めずに話しかけ続ける、相手の言葉に耳を傾けようと努力する、いつかなんかの瞬間に、ついお互いに笑っちゃって、なんだか、生きてんのも、目の前にこうしてあなたがいんのも、そんなわるくないかもな、24時間、ツラつきあわせてんじゃ保たないかしんないけど、でもこうして笑えるタイミングがあんなら明日の寝起きも少しはマシになるだろうってさ、なんかそんなことのためにあんじゃないの、「ジェンダー」でも「リベラル」でも「共産主義」でも「親切」でも名前なんかどうでもいい、いつかケンカしても仲直り出来る日が来ることを本気で信じて、いや、信じちゃいないけど、信じるってことに決めて、とにかくさ。

 で、だ。

瀬地山氏、けど思うに、いわゆる”スベった”んじゃないか。

ほんとならばあそこで関西弁で華麗にあの場を取り仕切り、MCとして場をかっさらうはずが、彼自身がすでに焦ってしまい、客を掴めず、グルーヴを生み出せず、ピリピリした緊張した雰囲気になってしまった。

芸として成り立たなかったばかりにすべてがわるく転じちまった、と。

あれがあそこで彼氏の仕切りが見事だったならば、云ってることには、なんだよぉとは思いつつも、あんなにも険悪な雰囲気にはならなかったって後知恵で思うね。

瀬地山さんだって、その点では反省しきり、かも知れず。おれの芸が未熟だった、ってさ。

ああいうのはやっぱ余裕ないとさ、自信たっぷりにいかないとさ。

イライラをぶつけるんじゃなくてさ。

スキなかったよ、あんとき。あれじゃさ。

でもあれか、そもそもが控室の時点から突っかかってったわけだから、すでに平常心とは云えないか。あるいはそれもボクサーが試合前に相手を睨んだり、挑発するようなあれだったんかも知らん。けど、それは結果的にもきれいにドライヴしなかった。

更にいえばもっと丁々発止の応酬みたいのを期待して臨んでたのかも知れず、それも読み誤りだったわけだよな。結局。残念(ナントカざむらい)。


Run DMC - Sucker MC's

 姫野さんは論客でもなければ、TVタレント向きの小説家とかでもなく、そんなにベシャリが得意ってんでもない。話し方もおっとりした感じだし、相手に応じてパンパンと言葉が出て来るタイプでもない。小説を書くことで曰く云い難い事を表現しているわけで、かいつまんで云えるのならば彼女の場合、小説書かなくて済んでるだろうし、”描写””文体”なんてさらに必要がなくなる。

それで、おれとしては公式な謝罪とか、そんなの全く興味もないし、どうでもいいけど、そもそもその必要があるかどうかはわからん、でもこの際だから「誤解を与えて申し訳ない」とか「真意が伝わらなかった」とか「切り取って評された」とか、その手のテンプレをむしろ出して来て欲しいね。その方がいっそおもしろい。ああやっぱそっちかあと、たのしめる。

瀬地山さんが関西弁にしたのは、あるいは一種の照れ、空気わるくなっちゃったことの取り繕いみたいな面もあったのかも知れず、それもあってか、彼が関西弁にしたのに応じて(滋賀県出身の)姫野さんも(滋賀県方面の)関西弁に切り換えてた。

でも時期はすでに失していた。引き返せない。雰囲気は回復せず。

さてまあ、案外な脇道へのズレ、軌道修正も効かず、とはいえ時間がくれば終わりもする、最後、質疑応答、いくつかの言葉は瀬地山氏の言の短絡さへの忠言とも聞こえ、そこでは拍手も起こり、多少の雰囲気の回復もあり、ホッとしたりもできてホッとした。

その質問者のうちのひとり、現役の男子、細かいことは忘れたけど、彼は自分の言葉で自分の体験(女性との距離感が上手くつかめず、失敗もしたというような)を語り、行きつ戻りつ、悩んでいるのも伝わってきて、ああいいな、ホッとすんなっておれには思えた。ただまあ、その話の流れでゲイだと思われてたみたいなゲイネタが後半来ちゃって、せっかくいいこと云ってんのに台無しだよぉとは思ったけど、そう誰しも完璧ってわけにもいかない、そこらへんはちょいとずつ修正してってくれるといいなあとも、おれはまったく若くもないし、きっとその彼の親よりも年上だろう、ヤングには期待を預けたいとか勝手に思ってたよ。年寄りの感慨。

あと、その彼には姫野さんも微笑みをもって返してて、「そういうあなたの気持ちに応えられるモノがあるはずだから私の他の小説も読んでみて」みたいな事を云ってたよ。そこはなんか印象的だった。

で、まあ、気持ち的にもひと段落ついたとはいえ、帰りの電車で反芻するうち、おれもついとむらむらして来ちまい、云いたいことは他の人に任せるかって思ってたけど我慢もならず、以下のようなツイートの塊、そして今現在これを書いてるわけだよな。しょーがねーなー、おれ。

もっと泰然自若としてたいね。

初老男性(55)インテリ on Twitter: "東大駒場キャンパスでの「彼女は頭が悪いから」(姫野カオルコ)をめぐるブックトーク

"ジェンダー論が本筋の瀬地山角(せちやまかく)という人がハナから不機嫌でピリついてて、そういうふうに話も何もロクにしないうちからいきなり不機嫌で、おれの機嫌をとれなんていちばんやっちゃだめじゃん。"

たださ、上記ツイートでわかってもらいたいのは、おれはもっぱら彼氏の”いきなり不機嫌”にテーマを絞ってる、ってことだよ。

異見があることではなく、態度の事をのみもっぱら取り上げてるってことを見て欲しいと思うの。

ほんとごくふつーに、マナーとして、ああいうの、だめでしょ。そんだけ。

 

さて。オマケで。東大といえば大江健三郎。

そういや、東大ってばさ、大江健三郎の「死者の奢り」(ししゃのおごり)は東大医学部内で死体洗いのアルバイトするって話で、そこではホルマリンのプールにぷかぷか浮かんだ死体を突っついたり(?違うと思う。読んだのは大昔、記憶の彼方だ)、でもきっとそんなことの実際にあるとも思われず、たぶん当時から”死体洗いのアルバイト”の都市伝説ってもんがあり、それをネタにしたんじゃあないかとは思う。それで特にこの小説のおかげでさらに伝説が強化されたんじゃないかとおれは睨んでる。けど最近はその話、聞かない。70年代にはまだぜんぜんあったよ、ベトナム戦争の死者がおなじくホルマリンのプールに浮かんでる、みたいなことだ。当時ならではで。弓月光のマンガでそのネタのがあったのがおれには印象的に憶えてる。でもって、廃れたのかなあ。その都市伝説。いまは。つか、「死者の奢り」は当時「事実と違う!」「デタラメ書くな!」みたいなことはあったんでしょうか?それがいまとなっては気になる。

大江健三郎はおれがいちばん好きな彼氏の小説「遅れてきた青年」でも東大生は出て来るわけで、結構大胆な内容じゃあるし、だったらやっぱ「事実と違う!」「東大生にこんなんじゃ偏見をもたれる!」みたいのってあったのかなあ?どうなんでしょ?