國家は私達から、乙女の夢まで、取上げてしまふのでせうか。

水瓶座


Aquarius (Let the Sunshine in) - YouTube

明日1/27は誕生日。52歳。

なんだろう52歳って?意味がわからない。

なんかさあ、年なりきのことがないってかさあ。こんなんで52歳って云われても困っちゃうよねーっていうか。

f:id:andre1977:20150126133849j:plain

f:id:andre1977:20150126152922j:plain

f:id:andre1977:20150126152942j:plain

f:id:andre1977:20150126153714j:plain

今日はそれで休日だったので地元のシネコンで「ビッグアイズ」を見てから池袋へ行き、立教大学通りにあるバーガーキングでビーフチーズフォンデュとかいうのを前から気になってたので食べてきた。

あとそれと大山へ行き、マテリエルでケーキをいくつか購入。

大山って、52年前、おれが生まれたところだ。自分ちがどこにあったのかはおれにはわかんない。4歳か5歳で保谷へ引っ越したから。大山時代はうちはラーメン屋やってた。

ということで、おれの生誕の地でもあるので大山で誕生日ケーキを買ったりした。マテリエルはいい店で、ケーキ好きにも評価の高い店なので、それがちょうど大山にあって幸いであった。

ピスタチオとショコラのケーキは帰宅後わりとすぐに食い、夕食の後には紅玉パイを食べた。いずれも美味。

最近はずっと休みを望んでいるのに、いざ休日となりしも、とりとめなく過ごしてしまう。そして静かにむだに焦っている。この”焦っている”っていうのはでもおれの根っからの性格だなあ。そして”焦っている”だけで、特に何もしない、なのでまた焦る。「なんかしなくちゃ、生産性のあることをしなくちゃ」って。

52歳の自分がどんなかとか考えたことはなかった。昔から先々の自分が何歳ぐらいでどうなってるとかのイメージを持ったことがない。その場しのぎなのと、世間並がもうひとつわからなかったことが原因だと思う。20歳代の時はただずっと「友達が欲しい」って思い続けてた。それが叶うことだけを夢見ていて、その先とか、自分がこの先どうとかまで考えが至らなかった。

30歳代はようやく友達が出来、恋愛やセックスも出来、ライヴや芝居にも行き、のんびりぶらぶらと街歩きなどし、そして後半にはインターネットとも出会い、ようやくなんていうか人生を愉しめるみたいなことになったので、それだけで過ごしていて、やはり先を考えるということが出来なかった。

大体、先を考えるには基盤になる生活が、というかなによりも仕事がいっつも宙ぶらりんだったから。仕事が決まったそれじゃないとその先だなんて想像できないし、想像しようという発想自体生まれなかった。

そして40歳代に入り、仕事が割りとこれで行けそうみたいなもんにはなったが、待遇その他条件がいいとは云えず、これはこれで今度は不安な近い将来を考えていかざるを得なくなってしまっている。体力落ちるし、老眼になるし、その他。それに両親も年老いて、それはそれまでになくそうで、そういうことは大きい。自信の持てる経済力はおれにはないから。

でも気持ちは若いまんまだしなあ。もっと好きにしてもいいんだとも思いながらも行動力や気力に欠けているので、それじゃあだめだ。

なんといってもおれはあまりに退嬰的で、いちばんしたいことはなんでもない日をただなんとなくのんびり過ごすということだけで、まったく前向きじゃない。妹と夕方にTVで「巨人の星」や「タイガーマスク」見ながらコタツに入って夕ごはんができるのを待ってる、なんかそんなのがいちばんいいなあとかいっつも思ってるんだから。まったくやる気がない。