國家は私達から、乙女の夢まで、取上げてしまふのでせうか。

全共闘

数日前、夕方のニュースの時間じゃなかったか、交通の便の全くわるい、山奥にあるパン屋
なんてのが紹介されていて、これが相当に繁盛しているという。主人、自身で建てた焼き釜を持ち、
そもそもが陶器をこしらえているという。ならばいっそパンなぞ焼いてみてはどうかという。
そんな一件。果たしてこの人、50歳代半ば。敢えての田舎住まい。焼き物。そして
オーガニックなパンづくり。元全共闘、と考えるのが妥当だろう、こういう場合。
視聴者としては。いや別にこの人に限らない、TVなどで50歳代半ばくらいの人を見る度に、
やっぱ元全共闘とかその辺?昔は長髪、新宿でブイブイ言わせていたのじゃあるまいかと、
つい思うこと、よくある。それがまた女性の場合もある。見た目は年相応、おばさんと
云えても、また若い頃を想像できる。いや、ただそれだけ。
(で、内館牧子先生も全共闘世代だよな。たしか。)
さて全共闘世代とか言っても、みんながみんな大学に行ってたわけじゃないし、エレキ弾いてた
わけじゃないし、学生運動してたわけじゃないのは当然で、いろんな人がいる。
でも70年に二十歳くらいだった人は、おれからしても若い時代を想像しやすい。だって
おれの高校時代の20歳代後半の教師ってのは後から気づいたが、そういう人たちだったわけで、
世界史の先生なんか、おれは世界史自体が好きだったし、その先生も好きだったが、彼氏、
学生連中のあまりのノンポリっぷり、政治的無知っぷり、無関心ぶりに腹が立ったかの
ような風を一度漂わせたことがあったりしたが、ともかくも、ニュースとかで今なら
50歳代半ばくらいの人が何かで捕まったりしただなんてのがあると、それがヤクザでも無職でも
サラリーマンでも公務員でも工場経営者でも作業員でもなんでも、この人が二十歳くらいの
時ってどんな風だったんだろう?って興味が出て来る。というか、そう遠く彼らの若さを
感じない。見た目によらず、中身、実は若者なのが見て取れるのだ。
(もちろんこんな話は以前も書いた。また書いている。)
てか、彼らの娘、息子たちももう、二十歳を過ぎているんだから、なんだかふしぎ。
彼らの子供たちよりも、その父ちゃん母ちゃんにおれはいっそ年が近いわけで。
つまりは自分の年齢ってのは中々、受け入れられない、ってな話。